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独り言 その壱千弐百四拾九

 大きいだけの鈴蘭です。




(´・ω・`)
(つ■と)
…ああ、ホントに…その通りや…。




 早いもので…もう11月も終わろうかとしています。
 そろそろ、トナカイさんも橇を準備しなければいけない時期になりましたが…。
 世の中の人たちは気の早いもので。
 既に街のあちこちに、クリスマスツリーが飾られているのを目にします。

 キリスト教においては、クリスマスの前に『待降節(たいこうせつ)』という、クリスマスに向けた準備期間があり。
 『主日(しゅじつ)』と呼ばれる『11月30日に一番近い日曜日』を始まりとするそうです。
 明確な決まりがあるものではないので、あくまで目安程度のものだそうですが…。
 曜日を基準とするために、当然その年によって日付が変わります。
 あくまでも、『一番近い日曜日』なので…前倒しされたり、先送りされたり…といった具合に。



(´・ω・`)
(つ■と)
んで、今年の主日は12月3日みたいやね。




 …つまり、今あるツリーは気が早い…


(´・ω・`)
(つ■と)
…って、なんじゃこりゃ。




 『Upside down Christmas tree』…逆さツリーですか。
 説明を見ると…天井から逆に吊ることでツリーの設置に必要な床面積を減らし、省スペース化が期待できる…とかなんとか。



(´・ω・`)
(つ■と)
…Funikuraみたい。




 Funikura…フニクラ。
 スペインのバルセロナにおいて建設されている教会『サグラダ・ファミリア』はご存知でしょうか?
 着工から130年以上が経過してもなお、完成していない…人類史上空前の規模を誇る大聖堂です。
 設計者は天才建築家として名高いアントニオ・ガウディ。
 彼の設計手法は独特で…。
 『美しい形は構造的に安定している。自然の中から構造を学ばなければならない』として。
 数学や物理の方程式に頼ることなく、錘(おもり)とロープを使った実験を繰り返すことで、構造力学的にも洗練された合理的な形を導き出しました。
 その実験を…逆さ吊り模型、フニクラ(Funikura)と呼びます。

 天井からロープで錘を吊るし。
 そのロープを増やす中で、自然と出来上がる形こそが、錘を支える最も合理的な形になるのだ…と。

 …そして。 

 錘を重力として。
 天井を大地とすれば。
 天地を逆転させたそれは、構造的に最も安定した建築物となるのです。
 サグラダ・ファミリアは、そうして形が決められたのですね。



 自然を形作るものには、何らかの意味があり、道理があります。
 それを無意味、無価値とするのは、人間の理解が及んでいないだけ…。

 美しいものは、人の作意などとは無関係に、成るべくしてその形に成る。

 …と、いったところなのでしょうか。 



(´・ω・`)
(つ■と)
自然の中の合理性…かぁ。




 その辺りは、頭の足りない鈴蘭も認めるところなのですが…。
 しかし、話を戻してですね?

 ツリーって、逆にしてもいいものなんでしょうかね?;
 こう…象徴的な意味合いで。

 もともとクリスマスツリーは、聖書にある『アダムとイブ』の伝説になぞらえている…という説があるそうです。
 本来は、禁断の知恵の実をつけた樹木になぞらえ、林檎の木を飾るべきところなのだそうですが…。
 冬の季節には林檎の木は葉を落としてしまい、飾るには不適切です。
 そこで、ラテン語で『永遠の生命』の意味を持つモミの木を代わりに飾るようになったとか。

 ツリーの飾りにも意味があります。 

 木の頂点に付けられる星は『ベツレヘムの星』…キリストが生まれたベツレヘムまで賢者を導いたとされる、『希望の星』の象徴です。
 天使の像は、キリストの生誕を祝う天使の姿。
 杖の形をしたキャンディは、羊飼いの杖を模していて…助け合いの象徴とされています。

 …無意味に飾り立てているわけではないのですね。



(´・ω・`)
(つ■と)
フニクラみたく逆にして大丈夫…?




 こうしたものは、合理性云々ではなく、意味が大事となるものですし…。
 『永遠の生命』を象徴する木を逆位置に飾るって、不吉なようにも思うんですが…;
 この絵面じゃ…ほら、あれです。
 『クリスマスなんか爆発してしまえ(´・ω・`)!!』という人たちが作った『アンチクリスマスツリー』みたいな感じになっているような…。

 これはこれで、いいんでしょうかねぇ…?;



- ◆ -




 11月といえば、このブログの始まった月であり、PSO2のチームを立ち上げた月でもあるのですが…。
 今回は、これといって何かをしませんでした。
 節目といっても…それは、それを数える人にとって意味のあるもので。
 そして、その節目とは…。



 食事をするための食器を買い求めたとして。

 その器を手にした日を記念とする人はいても。
 その器が出来た日を記念とする人は、そうはいないでしょう。



 それぞれに、それぞれの意味があるもので。
 それぞれが、それぞれに意味を求めるべきことなのかな…と。
 その結果、何某かの形を得るのであれば…それこそが。

 …そんな事を考えた鈴蘭です。



(´・ω・`)
(つ■と)
…っても、個人ブログの記念くらいはなぁ…。




(´・ω・`)
(つ■と)
…書いてる私が何かせにゃ、何も無しになるしな…。




(´・ω・`)
(つ■と)
…。




(´・ω・`)
(つ■と)
…絵でも描く?




 …誰が喜ぶんや…それで(´・ω・`)
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