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独り言 その壱千弐百八

 大きいだけの鈴蘭です。

 この一、二週間のことでしょうか。
 JRの大阪環状線に乗っていると、ホーム端で大きなカメラを構えた人たちが、列を成しているのを見かけるようになりました。
 更にはホームだけではなく、電車の中で運転席の窓にカメラを固定して、走行中の線路の様子を動画に収める人までも。

 学生さんの長期の休みの時期に、比較的よく見られる光景ではありましたが。
 今の時期、というと少しズレているようにも感じます。
 


  何かあったんかな(´・ω・`)?



 ネットでちょっと調べてみると、直ぐに理由が出てきました。




 JR西日本、大阪環状線103系引退「OSAKA POWER LOOP」編成も9月で運行終了へ

 …なるほど。
 日頃お世話になっているオレンジ色の車両が退役して、もうすぐ姿を消す事になるんですね。
 このカメラマンの皆さんは、もう見ることが出来なくなる日常を惜しむ人達…という事ですか。



  …ふむ(´・ω・`)



 モノの価値、というものを判断するのは難しく。

 写真や動画に収めることに価値を見出すのか。
 被写体となっているモノに価値を見出すのか。
 自身とモノの間の繫がりに価値を見出すのか。

 …その何れなのかは、人それぞれでしょうね。
 
 『当たり前』が当たり前で無くなることは怖いものです。
 しかしそれは、『当たり前』が当たり前であることが当たり前であると思い込んでいるからであって。
 モノの在り方、自身の在り方に『絶対』も『永遠』も無いことを思えば。
 『当たり前』でなくなることを寂しいと感じはしても。
 『当たり前』でなくなることで、モノと自身の関係が変わることなどないのではないか。
 …そんなふうに思う鈴蘭です。



 常に人は置いていかれ、置いていくもの。
 それは自然の摂理であり、覆すことは出来ません。
 だからこそ、別れを惜しいと思うのです。

 …で、あれば。

 共にある時間が『当たり前』であることの、その有り難さを知るからこその。
 『当たり前』な付き合い方…距離のとり方というものがあり。
 それに相応しい、別れの惜しみ方というものがあるのではないか…と。



 ホームの端。




 見慣れない立て札を見付け。
 大事なモノを得るために、『当たり前』であったハズのことを、知らず知らずのうちに、自ら進んで壊してしまおうとしている人がいるのではないか。
 …そんな心配をした鈴蘭です。



■コメントのお返事
 …また後ほど。
>774さん
 コメントありがとうございます。
 書き込みが遅くなって申し訳ありません;

 いやー…。
 面倒だからと簡単なもので済ませる食生活が身に付いて久しく。
 子供の頃は野菜中心の食生活だったのですが、今ではすっかり…。
 その結果が今、ということなのでしょうねぇ;

 面倒を嫌って、結局、より面倒なことを抱え込むのは、なんとも私らしいことです。

 しかし、一口に『健康』といっても漠然としていて…正直実感がありません。
 自分にとっての当たり前が、実は当たり前ではないのだ…と言われても、ピンときませんからね;
 …だからこそ、気をつけねばならないのかもしれませんが…。
 怪我と違って自覚に欠けるものですから、『気をつける』のが難しく。
 ついつい、疎かにしてしまうのが、なんとも;

  後悔先に立たず、とはいえ…の(´・ω・`)

 
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