独り言 その壱千壱百九拾七

 大きいだけの鈴蘭です。

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                    (C)SEGA


 中秋の名月…か(´・ω・`)



 …そう言えば、この月を見てちょっと不思議に思ったのですが。

 ショップエリアの月に乗っているウサギって…杵を持っていますけど、肝心の臼は何処にあるんでしょう?
 餅を撞くというのに、杵だけとあっては締りがないようにも感じられます。

  何処かに臼があるんかね(´・ω・`)?

 しかし、見渡してみたところで、それらしきものはありません。
 となると…これは何かの示唆…それとも暗示でしょうか?
 単にデザインの都合上…という見方が一般的かもしれません。
 でも、それで話を終わらせてしまっては『遊び』がなくなってしまいます。

 千利休の『瀬戸の唐橋』(瀬戸ではなく『瀬田』ですね…; 反省の意味も篭めてこのままに 20170913追記)の逸話にあるように。
 日常の中、自分が取るに足りないものと見過ごしている、見慣れた筈のものの中に面白さはあるのです。

 特別だからこそ、面白いと思うのではなく。
 面白いと思うからこそ、特別になるのです。

 それと知りながらも、気が付かなければ目の前にあろうとも見えなくなる。
 それが私たち人間というものでしょう。



  とは言え、さて…どう見るか…(´・ω・`)



 そうですね…例えば、ですが。
 このショップエリアのウサギたちは、ただ月を眺めているのではなく。
 皆で揃って臼が来るのを待っている…というのはどうでしょう?

 餅つきが始まるまでの不安や期待…そうしたものが、この中に…。

 そんな風に考えて、改めて見れば。
 ウサギたちの違った表情が見えてくるかも…?



  ま、月並みだけどね(´・ω・`)ツキダケニ



 …このロビーの名月。
 皆さんの目には、どのように映っているでしょうか?



■今日のニークス

 今日も今日とて…。


 トナイカさんは、水鉄砲片手に街へ繰り出しました。
 
 対人戦というものに不向きな性格であることを自覚している鈴蘭です。
 対戦格闘ゲームが隆盛を極めた頃は、ゲームセンターの対戦格闘台に座り、40人抜きくらいはしていたものでしたが…。
 その時であっても、手足が震え、腹痛を訴えるほどに緊張していましたからね…;
 場数を踏んでも『慣れる』ことが無かったのですよ。
 私という人間は、勝負の際に立つには精神が弱すぎるのかもしれません。
 


 そんな私が、対人戦をメインに据えるスプラトゥーンを楽しむというのも、おかしな話…。
 …というよりも、他でもない私自身が意外な展開に驚いています。



  本来なら、勝負の度に泣きが入ってもおかしくないくらいだしのぅ…(´・ω・`)



 でも、変化に驚きを感じる一方で。
 それも当然かと納得している私が居ます。
 

 人と遊ぶこと。

 それは私にとって、勝負ではないのです。

 人と相対して遊ぶことよりも。
 人と並び立って遊ぶことを。

 それを楽しいと感じるからこそなのだ…と。
 
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コメント

  • 2017/09/15 (Fri)
    18:25
    No title

    ( ´-ω・)▄︻┻┳══━一

    ery #- | URL | 編集

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