独り言 その壱千八拾壱

 大きいだけの鈴蘭です。



 トンネルを抜けると、そこは…。

在りし日のトンネル(´・ω・`)
                       (C)SEGA




 そこは…。



  …って、待て待て(´・ω・`)



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                       (C)SEGA

  これはなんや…康成はん(´・ω・`)



■今日のニークス

 今日も今日とて、アークスシップへの乗船を果たす鈴蘭です。

 先日ひいた風邪は、取り敢えず大人しくしているようですが…。
 終日、そこはかとない怠さを感じて、身体を重く感じます。

 今はこの程度でも、先々どうなるか分かりません。
 個人的な経験則から言えば、峠はまだ先のようにも思いますしね…。

 …あと、これは想定していなかったのですが…。
 思考の纏まりが全然できませんで…これには参りました;

 昨日の記事も、昼前に追記を済ませようと考えていたのですが…。
 書き始めた時には掴んでいた筈の、結論への手掛かりを見失ってしまい、これを再び見つけられなかったのです。

 あれこれ考えてもみたのですが、時間だけが過ぎてゆき。
 結局、書きたいことを書くつもりで、書きたいことを書けませんでした。



 昨日の記事は、『相手がいる遊び』だからこその大事があり。
 その大事は、自分の中にあるものではなく、相手の中から見つけるものだ…といった感じにしたかった…ように思うのですが…。



  …そういう締めじゃなくなってるんよなぁ(´・ω・`)



 …まぁ。
 あれはあれで、意味が分からないなりに意味があると思います。
 私が、その時々で何を考えていたのか。
 何を考えようとしていたのかの手掛かりに他ならないのですから。

 うまく行かなかったから不要、という考えでは先には進めないと思うのですね、何事も。

 これまでが無謬(むびゅう:間違いを犯さない)であった事には大した意味はなく。
 この先は無謬であろうと、これまでの自身の間違いを認める姿勢が、意味を持つと思う鈴蘭です。

 …それが為に。
 こうした形で無謬であることを求める今を、複雑に感じてもいます。



 したい事。
 すべき事。
 こうありたい事。
 こうあるべき事。

 …ボタンの掛け違いが重なっているようにも見えるのですね。
 お互いが、お互いに。



 先日、フレさんからブログの文章が長くなって読みにくい、という感想を頂き、『やっぱり、そうなのかなぁ(´・ω・`)』と思うところが出来た鈴蘭です。
 どの程度がいいものか、改めて計るためにも、しばらくは少し意識して短めに纏めてみようかと。
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