独り言 その壱千七拾八

 大きいだけの鈴蘭です。

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                   (C)SEGA

 桜…いいですね。



 数あるチー厶ルーム拡張用の素材の中でも、この『和風拠点』は特に気に入っています。
 フランカ'sカフェに移設するに当たって、庭園の北東角のお社が撤去されてしまっているのが残念ではありますが…。
 北西角の東屋が残されたのは、何よりでした。

 山水と桜。

 それをこうして、縁側から望む。



〒 〒
(´・ω・`)
(つ旦と)

…うむ。風流である。




 …そう言えば。
 この『縁側』というもの…日本家屋だけが持つ、独特な構造らしいですね。

 欧米では『ベランダ』や『ポーチ』と呼ばれるものが意匠的に似通っていますが。
 建物の縁…軒下を取り囲むそれは、『通路』としてだけではなく、同時に『内と外を繋ぐ場所』としての用途を持ちます。
 これは日本家屋の『縁側』だけの特徴なのだとか。

 文化史の側面から見ると、これは内と外との境界を曖昧に持つ、日本ならでは…とも言われているようです。

 伝統的な日本家屋は、内と外を隔てるのに、薄紙を張った障子一枚という…欧米では理解し難いであろう、あまりにも無防備な構造です。

 しかし何も、日本に木と紙しか無かったからこうなった訳ではありません。
 日本各地に残る城郭を見れば分かるように、漆喰や石組みの技術だってあったのです。
 もし、家の中の安全を第一に考えるのであれば、お城のように頑丈にすることも出来たでしょう。

 …ですが、昔の人たちは敢えてそれを選ばなかったのですね。

 丈夫な壁で四方を仕切って、その向こうにあるものを見えなくするのではなく。
 向こう側にあるものを常に感じられるように、敢えて内と外の境界を曖昧にした。

 つまり『縁側』というものは。

 『内でもなく外でもない場所』として、明確な境界線を引いて区切る事のない、内と外の中立的な『空間』とでも言うべきもの…。
 …と言っても、私には上手く表現出来ないのですが…;
 そうした、内と外との『共存』を望んだ形なのではないかな、と。

 内とは言えず。
 外とは言えず。

 双方が、緩やかに結びつく場所。
 そんな場所に在って、心地よいと感じるのは。
 そこが、双方にとっての『遊び』の部分であるから…などと思った鈴蘭です。



 どちらかでなければならない。
 そうして壁を作れば、きっと丈夫な家ができるでしょう。
 ですが。
 その家では、こうした『遊び』は望めないのではないでしょうか?
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コメント

  • 2017/03/14 (Tue)
    17:30

    遊びがある縁側、内と外の境界が曖昧なもの・・・
    ん~、私の知識不足なのかもしれませんけど、縁側のある家には敷地の外側には塀がある、もしくは近隣に家屋がなく、広大な敷地にポツンと建っているような環境しか思いつかなくて、
    前者は明確に他者との境界がはっきりしていて、後者は他者との境界が必要のない環境にあるってところですかね
    遊びなので、ある程度生活に余裕のある環境でないと取り入れることは出来ないでしょうから、江戸時代の長屋みたいな家屋には当然ないとしても・・・
    って遊びなのですよねw
    日本は台風が来たり雪が降ったりするので、そのために生活において実用化するうえで雨戸があるわけですしおすし
    文章にしてみて納得出来ましたw
    ちょっと楽しむために家屋に遊びを付けた、日本以外の国には・・・お城、宮殿、神殿、教会の類いには、中庭に面しているような渡り廊下があるくらいでしょうね
    王候貴族くらいしか楽しめなかったってところかな

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