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独り言 その壱千参百四拾八

大きいだけの鈴蘭です。

 4月も末。
 明日の晩から黄金週間が始まる、という方も多いのではないでしょうか。
 今年の私は…27、28、29と三連休、30、1、2と出勤、3、4、5と三連休という形になりました。
 黄金…というほどではないかもしれませんが、お休みを頂けただけ有り難いというもの。
 私は行楽に出掛ける訳でもありませんから、これ位のお休みでも十分。

 しっかりと楽しむことにしましょうかね…。



 そうそう、その行楽と言えば…。
 福岡にある河内藤園の藤が、黄金週間中に見頃を迎えそうということでTwitterにお知らせが出ていました。




 今でも十分綺麗ですね。
 こうして写真で見るだけでも、素晴らしいと感じます。



 ご存知の方もおられるかもしれませんが…この藤園、個人が作った私営の藤園だそうでして…

河内藤園は樋口正男さんが1977年に作った敷地面積3000坪の私営藤園で、赤紫藤、青紫藤、八重藤、長藤、中藤、短藤など全22種類の藤が咲いています。
特に有名な藤のトンネルは「生きてきた証を残したい」という思いから、当時60歳間近だった樋口さんが、30年かけて作り上げたそうです。

観光客が多すぎると藤を痛めるという理由から宣伝は一切していないのですが、2010年代に入り、海外サイトで「世界の絶景10」に選出されたり、
CNNにより「日本の最も美しい場所31選」として特集されるなどし、徐々に知名度が上がり、現在では世界的に有名な藤園になりました。



 藤を守るために敢えて宣伝してこなかったにも関わらず、人伝に評判が広がり、海外から足を運ぶ人が出るにまで至った…と。
 凄いですね…樋口さんの願った通りに『生きてきた証』が、こうして人々を感動させているのですから。
 本当に、素晴らしいと…

 …あー、いや…。

 そんな風に言葉にするのも野暮に感じますね、この光景は;



 …しかし…証、かぁ…。



 その『証』という言葉に、ちょっと思うところがあった鈴蘭です。
 …というのも…。
 近く、大阪梅田のダンジョンにあるセーブポイント…『泉の広場』が改装工事に伴い撤去されることになったそうで…。




 親しんだものが消える、というのは寂しいですね。

 ただ…これも私の勝手な気持ち。

 何故と言って。
 阪急の梅田駅から、ここを通って東通り商店街に抜けるのが、かつての私の定番ルートだったのですが…。
 思えば、当たり前にしていた当時は、この噴水のことなど気にも留めていませんでした。
 だというのに、こうして無くなると知って、無性に惜しいと思っているのです。



 なんともはや…;



 それが何事であれ、人は別離と無縁ではいられません。
 それは洋の東西を問わないものです…が。
 イギリスの東洋学者だったでしょうか。
 西洋と中国の詩を比較して、その差を論じていたのは。

 西洋の詩は愛情をうたい。
 中国の詩は友情をうたう…と。

 その『情』の違いについては、私には分かりません。
 ですが…そんな私にも感じるものもあります。
 例えば、中国の友情と別離を表した詩の一つに、『勧酒』というものがあります。



 勧君金屈卮
  君に勧む金屈卮

 満酌不須辞
  満酌辞するを須いず

 花発多風雨
  花発けば風雨多し

 人生足別離
  人生別離足る



 【直訳】
 君に、この金色の大きな杯を勧める
 なみなみと注いだこの酒、遠慮はしないでくれ
 花が咲くと 雨が降ったり風が吹いたりするものだ
 人生に別離はつきものだよ



 これは于武陵(うぶりょう)という、中国の唐の時代の詩人の残したものです。
 日本では、井伏鱒二の和訳の一節で有名かもしれませんね。



 コノサカヅキヲ受ケテクレ
  この盃を受けてくれ

 ドウゾナミナミツガシテオクレ
  どうぞなみなみ注がしておくれ

 ハナニアラシノタトヘモアルゾ
  花に嵐の喩えもあるぞ

 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
  「さよなら」だけが人生だ



 この于武陵は、『于武陵集』という本一冊だけしか資料がなく…この詩にしても、どういった経緯で作られたのか、前後が不明のためによく分かっていません。
 友人との別れを惜しんで酒盃を傾けているという状況は見て取れるのですが、何故そうなったのやら…という。
 しかし、だからこそ。
 この詩の良いところが引き立てられている…とも言えるかもしれません。



 ついつい…私は、余計をしてしまいます。
 綺麗は綺麗。
 寂しいは寂しい。
 感じたままに、素直に表すことが出来ません。
 そのために、いつも大事を見誤り。
 その在り難さを忘れてしまうのです。

 別離足る。

 なにかに出会い、それを大事と感じたからこその、その言葉。
 そこにどれだけの思いが籠められていることでしょう。

 それは目に見えず、形に残せないものではありますが。
 或いは、それこそが『証』なのではないか。

 そんな事を思った鈴蘭です。
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独り言 その壱千参百四拾七

 大きいだけの鈴蘭です。

 先日、真夏日を記録した大阪。
 まだ4月だというのに、梅雨を飛び越して夏が来てしまいました。

 幸い、その前日にエアコン様の掃除をしていたので…事なきを得ましたが。
 エアコン様が使えない状態で、あの陽気は…ちょっと勘弁して欲しいところでしたね;

 まさにエアコン様様です。

 …まぁ、私はそうして感謝していれば良いのですけど…。
 自分で環境を作れないモノは、そうもいきません。

 最近、ちょっと気掛かりなのがSwitchの熱。
 テレビに外部出力している間、Switch本体に熱が籠もっているみたいでして…。
 動作が不安定になっていることは無いと思うのですが、これからの季節、このままにしておいていいものか不安があります。



 何か良い手は無いものかと考え…。



夏に向けて準備を(´・ω・`)


 …Amazonで、こんなものを頼んでみました。



 Switchの排気口に装着し、中の熱気を吸い出す機械です。
 本来はノートパソコン向けの機械ですが、Switchにも対応しているとのこと。
 外に持ち出す時の取り外しも簡単のようですし…何より値段が手頃なのが良いですね。

 金曜の朝にでも受け取って、着けてみようかと思っています。
 使用感などは、来週にでも改めて。



■今日のニークス

 ちょいとスプラについて…。
 先日の私の振り返りに関して、『それだと答えが出ない』というご指摘をいただきました。



 …そこで思うところを独り言。



 子曰。朝聞道。夕死可矣。
  子曰く、朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。

 子曰。士志於道。而恥惡衣惡食者。未足與議也。
  子曰く、士、道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与に議るに足らざるなり。



 【現代訳】
 真理がきけたら、その日に死んでもいい。
 真理を求める人が、着物くい物を気にしては、話せるとはいえないな。



 『論語』の一節です。
 求道者たるものはかくあれかし…と、孔子が心構えを説いています。

 孔子の言葉は、此処でも何度となく触れて来ました。
 それらを見ると、孔子は随分と立派な人物だったと思われるかもしれません。
 しかし、実際にはどうだったのかというと…。

 孔子の食生活について言及している記述があるので、それを見てみましょう。 



 米は出来るだけ精白し、膾(牛、羊、魚などの肉の細切り)は綺麗に細切りにすること。

 傷んだ米、傷んだ魚肉、色の悪いもの、悪臭を放つものは食べない。

 きちんと包丁を使っていないもの、ソースが合っていないものは食べない。

 酒と干し肉は必ず自家製のものを。市販品を買うのはダメだ。



 孔子の生きていた時代、既に稲作は始まっており、米自体はありましたが…庶民の間では稗、粟、黍といった雑穀類が食べられていました。
 精白した米を…と言っているのは、それだけで随分な贅沢です。
 傷んだ食材はダメというのは、まぁ当たり前としても…。
 形が不揃いなものはダメ。
 ソースの組み合わせを外すな。
 市販品の酒など飲めるか。

 …いや、どこぞの海原雄山ですか?

 その一方で、『真理を求める人が、着物くい物を気にしては、話せるとはいえないな。』と言っているのです。
 それはそれとして、脇において。
 あくまで、実践するに当たって、そうした心構えでいるべきだ、ということなのでしょうね。
 俗な私などでも、親近感を覚える話です。



 まぁ…ただ、これを見て考えたのです、自分自身のことを。
 そして、感じたのです。
 私は、やっぱり逆なのだなぁ…と。

 野菜など、洗って何もつけずに生のまま。
 大きさ? 口に入るのであれば問題ないでしょう。
 冷めようが、伸びようが頓着しない。
 過剰に辛かったり、苦かったり、甘かったり、酸っぱかったりしないのであれば大丈夫。
 極端な話、カロリーと栄養が摂取できるのであれば、錠剤だけでも構わない。
 生来、食べるものへの拘りが希薄な私にとって、ああした美食への拘りというのは…理解の外にあり。
 生きるために必要なもの以上を求める…無駄に思え。
 それは、私のイメージする『求道者』というものには、似つかわしくないものにも見えます。

 でも…。

 粗衣粗食をしていれば、求道者足り得るのでしょうか?
 粗衣粗食をすることが、求道者の条件なのでしょうか?

 …違いますよね。

 その人が何かを求める中で、優先順位が決まっており。
 その優先順位に従った結果、自然と食べるものや着るものへの関心が薄くなるのでしょうから。
 しかし、私は逆なのです。
 心構えがないまま、『こうあるべき』と決めてかかり、形を真似ようとしています。
 それで中身が伴うはずもありません。



 『考える』と、私は口にしますが。
 果たして…。
 何のために、何を考えるのか…。

独り言 その壱千参百四拾六

 大きいだけの鈴蘭です。




 おー…。
 自然の無作為が生み出した美、ですね。
 こんなもの、本当にランダムに生み出されるものでしょうし…人にとって有意な模様となる確率って、どれくらいなのでしょうね。
 きっと、天文学的な確率なのでしょうけど…。



 その『人にとっての有意な模様』という部分について、心理学に『カニッツァの三角形』という言葉があります。
 実際には存在しないのに、無意識のうちに『より良い形』となるように見たものの中に輪郭線を結んでしまう…という心の働きを指すもので。
 日本語では『主観的輪郭』というそうです。




 …不思議ですね。



 それそのものがなくとも。
 それと望めば、像を結んで形を得るもの。

 それを錯覚と呼ぶか。
 それとも奇跡と呼ぶか。

 全ては、『見ている物』ではなく、『見ている者』次第…という事なのですね。



 しかし、考えてみれば…それは珍しい事ではありません。
 私達の周りにあるものは、そうしたものばかりではないでしょうか。

 全てのものに形が有って無いような世界。
 誰もが同じものを見ることが出来るのに、誰一人として同じものを見ていない世界。
 そんな世界に在るからこそ、それを錯覚と言われても、その形に強く惹かれる。

 …というのは、言い過ぎでしょうかね?;



 まぁ、その一方で…奇跡としか言いようがない、まさに『それそのもの』なものもあります。



 鉱物の組成上は菫青石(きんせいせき、cordierite、コーディエライト)の一種ですが…世界で日本だけで採れる結晶に『桜石』というものがあります。




 伝承では、藤原道真が太宰府に送られる際、別れを惜しむ家臣に贈った桜の木が姿を変えたとかなんとか…そんな謂れがあるそうです。

 日本国内の複数の地域で採れるそうですが…。
 特に桜の形がハッキリと現れる京都府の桜石は、国の天然記念物に指定されており、京都府では絶滅の危惧から保護対象になっているようですね。

 綺麗な石ですが、手元に置いて眺めるのは難しそうです。



 …。



 …ああ、いや…。



 それが在るべきところにあってこそ、そのもの本来の姿であるのですから。
 本来の姿を失わせてでも手元に…などと望むのは、傲慢というものでしょう。

 見る人によって、見るものが変わるというのなら。
 それがより良く見えるように、自分が変われたら…と。
 そんな事を思う鈴蘭ですから。



 出来たらいいなぁ…という願望でしか無いのですけどね、私の場合…;



■コメントのお返事
 …また後ほど。

独り言 その壱千参百四拾五

 大きいだけの鈴蘭です。




 先日、アズールレーンと海戦ストラテジーゲーム『World of Warships』のコラボが発表され。
 その具体的な内容が公開されました。
 『World of Warships』では、アズールレーンのキャラクターを指揮官として登場させ。
 アズールレーンでは、『計画艦』というカテゴリで、史実では実際に建造されず進水していない軍艦を登場させることになったようです。




 重桜陣営…日本からは大和型戦艦の一つ、『出雲』が登場するとのことです。

 …『出雲』…ですか。

 建造が予定されていた大和型戦艦の艦名の候補に『紀伊』、『尾張』があったという説は聞いたことがありますが…。
 『出雲』という名前は寡聞にして知りません。



 Wikipediaをちょっと見てみましょう…。



 …ええっと…?
 太平洋戦争開戦当初は大和型戦艦4隻の建造が計画され、大和、武蔵、信濃の3隻が進水しています。
 残り1隻は、戦局の変化によって建造中止となり解体…。
 艤装の試作で終わってしまっている超大和型や、改大和型まで含めると…大和型戦艦は7隻建造される筈だったんですね。

 超大和型は、大和型から大幅に設計が変更されているため、紀伊型と呼称する説もある…ですか。

 日本は、申請書や計画書と実際は別物だった…○○型とされていた艦が、書類上▲▲型として登録されている…という例が珍しくなく、結構いい加減な管理をしていたようですし、『出雲型』も何処かに資料があるんでしょうかね…;



 …などと、コラボに関連する史実を調べ。
 アズールレーンのチャットで、コラボ相手の『World of Warships』について語っている人の話を聞き。
 ゲームそのものに興味を引かれた鈴蘭は…。

入れてみた(´・ω・`)

 
 インストールしてみましたよ?
 


■今日のニークス

 今日は月曜日。
 例によってスプラの日でしたが…。
 今日は、いつにも増してダメダメでしたね;

 前回の反省から、今日は普段の守備的な意識を捨てて、好戦的に動いてみようと考えた鈴蘭です。
 下手に考えて動きが鈍くなっている点を考慮し、いっそ…手当たり次第、勘に従って暴れるくらいに動いてみようか…と。
 しかし、これは『前に出る』ということを『突出する』ことと誤解した動きであり、味方と共に『前線を張る』という意識がなく…一対多の状況で為す術もなく倒されてばかりとなってしまいました。

 昔、カプコンの『ヴァンパイアハンター』という格闘ゲームだったかと思いますが。
 フェリシアというスピードキャラの操作のコツの一つは、『放し飼い』と呼ばれていました。
 スピードを活かすために考えるより先に動け、というものです。

 …ふと、それを思い出し、イカの『放し飼い』をしてみようと思ったのですけどね;
 
 前に出て戦うからと言って。
 好戦的になるからと言って。

 敵に近寄って『よし、撃ち合おう!!』と声を掛けてるような事をしてては、何にもなりません。
 そもそもゲームが違うのですし;



 今回を振り返ってみれば…その殆どは、無謀な突撃を繰り返す形になってしまいました。
 我ながら、これには『何も出来てないなぁ…;』と思わずにはいられませんでしたが…。
 それでも2回ほど、それなりのキル数を出すことが出来た試合がありました。
 その数字を見れば、一々足を止めて考えるよりはマシだった…と言えるでしょうか?

 いえ…。

 内容的には、マシなどと言えるものではなく。
 敵味方が交戦している前線に気が回っておらず、キル数は稼いでも、戦況に関わるような戦闘は出来ていませんでした。
 数字はともかく、その質は低いものであったと思います。
 戦闘が一段落したところでスペシャルゲージを貯めようとしてたり、退路の確保をしようとしてたりで、一人、後方に取り残されて…人数不利となって維持できなくなった前線の崩壊を、ただ傍観することもありましたからね…。



 やっぱり、判断が遅い…というか。

 いや、ちょっと違うかな?

 見切りが甘い…と言うべきなのかも?



 目の前の何かに拘って、次の大事を見損なう。
 判断の遅さもさることながら…。
 変化する流れに乗る、というか。
 そうした、柔軟性が足りていないように感じました。

 『前に出る』。

 次は、もうちょっと…その『前』とは、何処なのか。
 同じ暴れるにしても。
 それを具体的にイメージして動くことにしましょう;



■スプラトゥーン2振り返り(過去分)

 ・スプラ反省・その1
 ・スプラ反省・その2
 ・スプラ反省・その3



■コメントのお返事
 …また後ほど。

独り言 その壱千参百四拾四


 大きいだけの鈴蘭です。




 ほほぅ…8月2日に発売決定ですか。

 この正式決定を受けて、サードパーティ製のコントローラーの製作企画が動き出したようで…。

ボダブレ専用コントローラー
おー…(´・ω・`)


 アーケードの環境を家庭にも再現できる訳ですね。



 問題は18,000円を高いと見るか、安いと見るか…ですか。
 私的には決して安くはない値段ですが…。
 快適な環境を実現することを思えば、悪くはない値段にも思えます。
 



  …むぅ。



 PSO2をどうにかこうにか…という、アクションゲームの不得手な私が、スプラやフォートナイトに加えて、新たにこうしたゲームに手を出したところで、満足に遊べるものかどうか不安があります。

 …ああ、いや。

 『遊べるかどうか』というのは語弊がありますね。
 どんな形であれ、私なりに遊ぶことはできるでしょうから。
 問題は…。

 ゲームに対する理解。
 基本動作の反復。

 そうしたものを積み重ね、確かな楽しみを私の中で形にできるかどうか。
 私が遊ぶのです。
 私に代わって誰かに遊んで貰う訳ではありません。
 私は、その辺がどうにも曖昧ですからね…;



■今日のニークス

 Time and tide stay for no man.

 『時間と潮は誰も待たない』…『歳月人を待たず』の意訳で知られる英語の諺です。
 意味としては『年月は人の都合にかかわりなく、刻々と過ぎていき、少しもとどまらない。』というもので。
 これが転じて、『今という時間は戻らないのだから、若いうちに勉強をしなさい』という勧学の教えとして定着しました。

 日本語の、この諺の元になった言葉は中国からきています。
 古代中国の詩人、陶淵明の残した『雜詩』という詩集の中にある一節がそれです。



  人生無根蔕
   人生 根蔕(こんてい)なく

  飄如陌上塵
   飄として陌上(はくじょう)の塵の如し

  分散逐風轉
   分散し風を逐って轉じ

  此已非常身
   此れ已に常の身に非ず

  落地爲兄弟
   地に落ちては兄弟と爲る

  何必骨肉親
   何ぞ必ずしも骨肉の親のみならんや

  得歡當作樂
   歡(かん)を得なば當に樂しみを作すべし

  斗酒聚比鄰
   斗酒(としゅ)比鄰(ひりん)を聚(あつ)めよ

  盛年不重來
   盛年 重ねては來たらず

  一日難再晨
   一日 再びは晨(あした)なりがたし

  及時當勉勵
   時に及んで當に勉勵(べんれい)すべし

  歳月不待人
   歳月 人を待たず



 【現代訳】
 人間の生には(植物のような)しっかりとした拠り所がなく、ひらひらと舞い散るさまは路上の塵のようだ。
 ばらばらになって風に吹かれて飛び散り、もとの通りに居続けることはない。
 この世に生まれたからにはみな兄弟だ、骨肉の間柄だけではない。
 歓楽の機会があればすべからく楽しもう、酒があれば近所の連中を集めようではないか。
 盛りの年は二度とはない、今日という日は再びは来ない。
 時に及んでまさに行楽を楽しもう、歳月は人を待ってはくれないのだ。



 上の現代訳を見ても分かるように、面白いのは…この詩の何処にも『勉強』の言葉が無いことです。
 『勉励』という言葉は出てきますが、これは『努力する』という意味の言葉で、『勉強』とは違います。

 …というか、そもそも。

 『勉強』という言葉に、もともと『学問を学ぶ』という意味はありません。
 漢字一つ一つを見れば分かりますが…『勉:努力する』『強:強制する』という言葉が組み合わされた『勉強』は、『本来の自分にできないことを無理して行う』という意味であり。
 オリジナルの中国語の『勉強』という言葉は、『自分が無理をする』或いは『他人に無理をさせる』という意味だそうで…。
 お店の人が値引きしてくれる時に使う『勉強します』が、正しい使い方となる言葉です。

 中国には、漢詩などの一部分を切り出し、文脈を無視して勝手な解釈によって引用する…『断章取義(だんしょうしゅぎ)』という文化があります。
 陶淵明の詩も、最後の部分だけが切り取られて独り歩きし、日本に伝わる際に、日本語的な『勉強』の意味に置き換えられ…意味が変化してしまったようです。

 …中国語的には、『勉強』で合っているのですけどね。

 





 私が、このアークスシップに乗って。
 こうして時間を過ごしているのは…いわば『勉強』です。

 人との付き合い方。
 ゲームの遊び方。
 世の中の知識。

 それらは私の中には無いものばかり。
 私は、それらを身につけるために『勉強』しているのです。



 …しかし。



 その『勉強』がどちらの意味であるのか。
 それが私自身にも分かっていない鈴蘭です。

 全ては相手のいること。
 自分の事ばかりでは成り立ちません。

 …というのは、理解しているつもりなのですが…。



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                         (C)SEGA

 こう…つい、変わらない『自分』で居ようとしてしまうのですよね…。

独り言 その壱千参百四拾参

 大きいだけの鈴蘭です。

 ロシアの戦車支援戦闘車「ターミネーター」は、戦場で装甲車を使用する方法を根本的に変える可能性がある。ナショナル・インタレスト誌が伝えた。

 ふむ…。
 装甲車の新しい形…ですか。

 かつては、装甲車、戦車、ヘリコプターといったものは、歩兵に対して絶対的に優位な存在でした。
 歩兵の持つ小銃火器では、それらに対抗できなかった為です。
 しかし、近年では関係が逆転。
 歩兵の携行武器が発展する一方で、それを防御する側の技術が追いつかず…。
 現代の主戦場である市街地においては、装甲車、戦車、ヘリコプターは危なくて踏み入れない…という状況になっています。
 中近東で頻発するゲリラとの戦闘においては、ミサイルと歩兵部隊が主役です。

 この辺り、ロシアは他所の国よりも強く意識しているのでしょうね。
 今はシリア問題がありますし。

 なので…対人戦闘に特化した兵器を開発しようと考えて、この『ターミネーター』を作るに至った…と。
 ロシアでの呼び名は別にあり、この『ターミネーター』は西側の付けたコードネームのようですが…。
 よりによって『ターミネーター』ですか;

 最近の戦車は自動化が進み、乗員は少なくなる傾向にありました。
 確か、自衛隊の10式戦車が3名でしたっけ。
 それに対して、この『ターミネーター』は5名だそうです。
 増えた乗員の役割は、周囲の警戒。
 対人センサーと目視で全方位を万遍なく確認する…ということらしいですね。



 戦場での優位を保つために必要なこと…かぁ…。



 戦場が非日常である私達からすれば、『ターミネーター』の銃口がこちらを向く姿は、ファンタジーです。
 しかし、戦場が日常である人達からすれば、『ターミネーター』の銃口が向けられる姿は、近い未来の現実です。

 戦争は外交手段の一つの形。
 軍隊は必要悪の存在。

 国家レベルの視点であれば、その言葉でカタがつきます。
 しかし…実際に戦場に居合わせることになる人たちからすれば、そんな言葉で納得できるものじゃないですよね…。



 日頃、ゲームで戦闘を行う私が言うには『甘い』、と言われる言葉かもしれませんが。
 こんなことは、ファンタジーで語られるだけで済んで欲しいものです。



■今日のニークス

 今回はスプラについて。

 PSOの特殊能力のように、装備品に能力を付与して戦闘を有利に進める『ギア』という要素がスプラにあります。
 なにをどう付けるかによって、戦闘の進め方が変わってくる重要な要素なのですが…。
 以前ちらっと触れたきり、あまり意識して弄ることをしてきませんでした。
 どうしても、この手のものは『それよりも先ず優先すべきは、自分自身の…』と考えてしまい…後回しにしがちなのです;

 まぁ、初心者の私が言うのもなんですが…その考えも間違いではないと思います。
 どうやっても足りない部分を補うのが本来であって。
 最初から、あれがない、これがないと言ったところで、何が身につくものでもないでしょう。
 初心者ならば、まずはそうしたものに頼らずに経験を積むべきですから。

 …などとは言っても。

 実際には、有るのと無いのとでは違いが明確なのが、こうしたもの。
 知らないままで良い訳はありません。
 もし仮に、ギアを付けるとしたら何が良いのか。
 自分なりに考えて。
 それに対する答えを探す。
 たとえ間違えたとしても、そうした試みを行うこと自体は、決して無駄なことではないでしょう。

 …というわけで。

 接射を旨とする52デコを使うとして、どんなギアが良いのか。



 …考えることしばし。



 『相手インク影響軽減』ギアなんてどうだろう…?



 『相手インク影響軽減』。
 陣取り要素の有るスプラにおいては、相手の塗ったインクを踏んだ時、ペナルティとして移動速度の減衰が発生します。
 このギアは、それを軽減することができるのです。



 検証動画では、ギアを重ねて積んで、その効果の違いを比較していますが…。
 移動速度に如実に違いが出ているのが見てとれます。

 敵に近づく事を思えば、こうしたギアが有ると便利なのではないか。

 そんな事を考えた鈴蘭です。



 …が。
 ここで、もう少し考えます。



 居合の連歌でしたか…『抜かば斬れ抜かずば斬るなこの刀 ただ斬ることに大事こそあれ』と歌うのは。

 以前にも触れましたが、52自体は最強クラスのキル武器。
 相手に向けて撃つということは、相手を倒すことと同義でしょう。 
 この武器を担いで、このギアを付けようというからには…つまり、相手のインクの中に飛び込んで撃ち合おう…と。
 …。
 相手インクの向こうにいる敵に詰めて撃ち、倒す?
 非現実的ですね。
 少なくとも、私に出来る動きではありません。
 攻める上では、現状…有用とは言えないでしょうか。

 しかし、その一方。
 撃ち合いに弱く、足元を取られがちな私に向いていると言えば向いているギアではあります。
 位置を変えようにも、足をとられて身動きできずに倒される。
 そうした状況を少なく出来るかもしれないのですから。

 …でも。

 それをギアで補うのか…という話ですね、この場合。
 ギア云々以前に。
 そうならないための工夫を身につけるのが先でしょう。



 まぁ…うん。



 下手な考えではありましたが。
 私の中に埃を積もらせるよりはマシ…と。
 そう思って、下手なりに磨き続けることにしましょう;

独り言 その壱千参百四拾弐

 大きいだけの鈴蘭です。




 おー…明智光秀ですか。
 以前にも制作する話が持ち上がったそうですが、東北の震災を受けて、『東北出身の人の話で被災者を元気づけよう』ということで『八重の桜』が差し込まれ、明智光秀の大河ドラマ化は流れてしまった…そんな話があるそうです。
 その後、大河ドラマの低迷が問題視されたことから、真田幸村などの人気のある人物をモチーフにして巻き返しを図る方針がとられて、明智光秀の企画は延び延びに。
 今回で7年越しの実現なるか、ということですね。

 大河ドラマとして史実に忠実に…とするには謎が多く、あまり迂闊なことが出来ない部分はありますが、お話として面白いものが書けるであろう、魅力的な人だと思います。

 かつては、朝廷や仏門との繋がりが強い保守的な人物で、信長の急進的な改革に反発を覚えて本能寺の変を起こしたとも言われていましたが…。
 近年、比叡山延暦寺の焼き討ちに際して、信長に反抗的な寺の人間を皆殺しにするよう命令する明智光秀直筆の手紙が発見され、定説とは違い、むしろ積極的に焼き討ちを行った人物であったともされているそうです。
 宣教師ルイス・フロイスの著した『日本史』において、明智光秀は『優秀だが信用してはならない人物』とされていますし。
 近年の史料は、その人物評と合致するものではありますが…。
 領地では、善政を施いたことから領民から慕われていたと言われていますし、戦没した家臣の供養のために米を菩提寺に寄進した記録が残っていたりします。
 冷徹、冷酷ともされる一方で、情に厚い。
 『二面性のある人物』などと言われる所以です。

 …でも。

 それ自体は、そこまでおかしな事でもないと思うのですね、私は。
 仕事とプライベート、公私の別はつけるものです。
 明智光秀は几帳面な性格だったと言われていますし(本能寺を襲撃したのが明智光秀と知った信長は、逃げるよう勧める家臣に『光秀の包囲網に穴があるはずがない』と言って断ったとも)、そんな性格だからこそ、その切り替えが厳密だったのではないか…そうも思えますから。



 はてさて、新しい明智光秀像の物語を…ということですが。
 どんな人物像で描くのでしょうね。



■今日のニークス

 アズールレーンについて触れることは多いのですが、改めて見返してみると…自身私の進捗具合については触れていないように思います。

 …なので少し、私のことを。



 ここ最近の私は、9-4をメインに周回していました。
 目的は、この…




 秋月型防空駆逐艦4番艦『新月(にいづき)』の獲得を目指してのことでした。

 即戦力として求めていたわけではありませんが。
 対空の弱い重桜陣営において貴重な防空型の前衛。
 しかも、砲火力、雷撃能力、回避性能、耐久力、スキルの装填指揮…尖った部分はありませんが、そのどれもが平均以上の水準でまとまっており、何れ航空攻撃の厳しいステージが来た時に、重桜艦隊の前衛入れられれば…と。
 そんな事を考えたのです。
 まぁ、その頃には秋月型の姉妹艦…初月なんかが上位互換で実装されてるかもですけどね;



 いえ、それは関係ありませんね。
 性能云々は二の次。
 手元にない、それ故に掘る。

 全ては、そこにあるのですから。



 これで、既存の海域でドロップする船で未入手なのは…9章のジェンキンス、ニコラスだけになりました。
 建造ガチャでの未入手が谷風、オーロラ。
 βテスト参加者に抽選で配布されたアヴローラを除けば、残すは4隻のみ…ですか。
 私にしてみれば上々の進み具合です。

 もっとも…。




 明日にはメンテナンスがあり、ゲームのアップデートが実施され、それに合わせて新規艦が実装されます。
 ドロップ海域は、新たに開放される11章。
 現段階で最高難易度となるであろう海域です。

 この海域では3隻のドロップが設定されており。
 明日からの私は、7隻の背中を追うことになります。



 しかし、最高難易度の海域への挑戦ですか…。
 ログイン時間は長いものの、時間効率の悪いのが鈴蘭というもの。
 育成状況は芳しいものではなく…。







 主力の2人におんぶにだっこ。




 取り敢えず、レベリングなどを兼ねて回れればいいかなぁ…という編成で、最難関の海域の周回を目指します。



 正直、不安でいっぱいではありますが。
 ただ、まぁ。
 現状を悲観はしていません。

 私は私の遊びをしていますから。

 人と比べて進んでいる、遅れている、出来ている、出来ていない、多い、少ない…言い出せばキリがありません。
 これらは、人の中に在っては常について回るもので。
 ゲームというものであれば…尚の事、気になってもしまいます。
 しかし、これらを気にした時。
 私は、私の遊びを失うことにもなりかねません。

 多くの人の中に在るからと言っても。
 遊びの中心は常に私に在るのです。
 人と比べて、その優劣を問うのは良いでしょう。
 ですが、その中心を変えてはなりません。

 人の何かを気にして、自分の遊びを決める。

 …そうして遊ぶ遊びは、一体、誰のための遊びなのでしょう…?

 自分が好きだと思ったから。
 自分が心地よいと感じたから。
 だから、遊んでいて『楽しい』のではないのでしょうか?



 時折。
 私自身を含め、遊び方というものを勘違いしていないか…と。
 そんな事を思う鈴蘭です。

 私は私の遊びをしている…と言いながら、人の目を気にしている自分が居ることを自覚していますから…ね;
 せっかく得たものを、そんなことで失いたくはないものです。

独り言 その壱千参百四拾壱

 大きいだけの鈴蘭です。

 ここ数日、寒の戻りと言うに相応しい、冬を思わせる寒い日が続いています。
 こうも冷え込んでは、温かいお茶の一つも欲しくなろうというものですが…。

 面白い記事がありました。




 世の人には、今更な知識なのかもしれませんが…。
 恥ずかしながら、私は全く知りませんでした;

 お茶を淹れたとき、いつも『埃っぽい部屋だしなぁ…』と思っていたのですよ。
 …そうじゃなかったんですね;

 調べてみると…

 高等植物の体の表面に生じた毛状の付属物のうち,表皮系起源の構造の総称で,毛茸(もうじよう)trichomeともいう。植物のあらゆる器官にさまざまの形状でみられるが,種属によって同類の毛をもつことが多いので,植物の分類のよい指標となり,類型化を含めて毛の研究は植物の種属史的な観察,記載を軸にして発展してきた。…
            出典|株式会社平凡社
            世界大百科事典 第2版



 …なるほど。
 新茶だからこその『ホコリ』…と。
 こうして飲んでいるお茶に浮いているのは、鮮度の証なんですね。



 …。



 じゃ、このインスタントコーヒーに浮いてるのは…?



■今日のニークス



 告知とか見てると、『オメガファルス・ルーサー』って言っていますね。
 でも、アークスシップ内でシャオが流す緊急放送では『ダークファルス・ルーサー』と言っています。

 ストーリーを進めてない鈴蘭なので、見当違いの憶測なのかもですが。

 これって、時系列の問題でしょうか?
 ダークファルス・ルーサーの反応をオメガ内に見付けたシャオが、『オメガにダークファルス・ルーサーが現れた』と判断して、アークスに出撃を要請。
 しかし実物を前にして『これはダークファルスではなく、オメガファルスだった』と判明、以後の呼称がオメガファルス・ルーサーに決定された…という。

 …考えとしては妥当なところにも思えます。

 しかし、改めて考えてみると…ダークファルスって何なのでしょうね?
 『全てを蝕む世界の敵』とされる存在。
 私は、てっきり…光と闇の関係ように、世界そのものと対になるものなのかと思っていたのですよ。
 ところが、世界の全てを記録するというシステム…オメガにおいて、ダークファルスが再現されている。

 私は、ダークファルスというものは、違うコンピューターからのクラッキングのようなものと捉えていました。
 この世界に害をなす、全く別の摂理によって形作られたもの。
 この世界に在りながら、決してこの世界と交わることのないもの。
 本来は、この世界ではなく向こうの世界で動作する、この世界を破壊するだけのもの。
 この世界とは違う規格で作られたプログラム…それがダークファルス。

 …オメガは、違うコンピューターで走るプログラムを、エミュレーターを使って擬似的に走らせている。
 だから、ダークファルスと似ていても、敢えて『オメガファルス』と呼称して区別しているのかも…と。
 そんな風に考えていました。

 …しかしそうではなく。

 ダークファルスとは、世界というコンピューター上で走る、プログラムのバグのような存在なのでしょうか。



 それを放置すれば、世界を機能不全に追い込んでしまう危険性はあります。
 ですが…バグもプログラムです。
 世界の摂理に従って動作する、という点では正常なプログラムと何ら変わりがありません。
 世界がダークファルスを再現できるというのであれば、分かっているはずなのですよ。

 何がトリガーになっているのかが。
 ダークファルスという存在の核心が。 



 ワイナールを聖櫃クロウリィから救い出すことが出来たりしませんかねぇ…。

独り言 その壱千参百四拾

 大きいだけの鈴蘭です。




 ファミ通でも紹介されてますが…池袋に、コラボ企画を専門に扱うカフェが新規オープンするとかで、その第一弾のコラボ相手にアズールレーンを選んだそうです。

 今お世話になっている大艦隊にはアグレッシブな方達がおられ、この黄金週間中にオフ会を開く算段を立てている模様。
 関東圏の人ばかりでは無い筈なんですけど…。

 いやはや…元気ですね…;

 PSO2のスイパラコラボでも、似たような話をしている人達がいましたが。
 こうした人達にとっては、ホントに世界は狭いものなのだろうなぁ…と、思わされます。



 …ただ、まぁ…私は私。



 声を聞く。
 顔を合わせる。

 それらに意味が無いとは言いません。
 そうすることで、より相手を知ることになるのは確かです。

 でも…。

 それらを知らないからこそ、その人というものが分かるものではないかな…と。
 そんな事を思う鈴蘭です。

 現実においては、切ろうと思っても切り離し難い柵(しがらみ)の数々ですが。
 ネットであれば、それらを切り離した『自分自身』で相手と接することも可能です。

 そして、それこそを求めて、ネットに来ている人もいると思うのですね。

 ネットのつながりは、現実のそれに比べて希薄…なんて言葉も耳にしますが。
 それは、人と違う繋がり方をしているからダメなものなのでしょうか?
 それは、人から認められなければ価値の無いものなのでしょうか?
 …そうではないでしょう。
 当人同士の間で形作るからこそ意味があるのであって。
 ネットだから、現実だから…というのは関係ないと思うのですよ。



 相手を知ることで…知りすぎてしまうことで、自由でありたいという相手に枷を嵌めることにはならないか。



 …そんな心配をしている鈴蘭です。

 サインを拾い。
 その意味を考え。
 言葉を探し。

 これが枷となりはしないだろうか。
 画面の前で、そんなことばかり考えています。



 …と。
 ボンヤリしてるうちに、また新しい情報ですか…。





 …いや、しかし…ホント、展開早いですね。



 梅田のLOFTでも開催するという事ですし、ちょっと覗いて…トランプくらいなら買ってみても良いかなぁ…などと思ってもいたり。

 商売上手に乗せられてしまっている感はありますけどね;
 ただ、上手に乗せてくれるのであれば、応えたくなるのが人情というものです。




 アズールレーンでは近く、バランス調整が図られます。
 内容は、重巡洋艦の強化、ドロップ限定キャラの強化など…ゲームをある程度やったことがある人であれば、一度は感じる違和感の解消を狙ったもの。
 効果のほどは、数字に弱い私には判然としませんが…。
 『ここに目をつけて欲しい』と思っていた部分に手を加えてくれるのは、素直に嬉しくもあり、有難くもあります。

 この姿勢を、今後も保ち続けて欲しいものですが…さて。



■今日のニークス




 春は新生活の始まり。
 火曜にお時間を頂いて遊んでいたスプラトゥーンですが…。

 …。

 …今更ながらに思うのですけど、この『お時間を頂いて』という言い方ってどうなんでしょう?
 私の感覚では、いつも『合わせてもらっている』と感じており、言葉として別段おかしくはないと思ってもいるのですけど…。
 ただ、よくよく考えてみると、相手が『投げ与えたものを押し頂く』かのような印象もあるような…?
 相手を気遣う気持ちはいいでしょう。
 ですが、過ぎれば相手を軽んじる…慇懃無礼ともなってしまいます。

 言う私はいいとして、言われる相手はどうなのか。
 同じ時間を共にした相手が見えているのか。



 …むぅ。



 って、今はそんな話ではなく…;
 火曜が都合が悪くなりそうということで、月曜にスプラの時間を持つことになりました。
 もとより…生活サイクルが人とは違う私に合わせてもらっているのです。
 私としては、その気遣いで十分。

 今週からは、月曜の晩がスプラの振り返りとなります。







 さて…今回は。
 要点を教えてもらう為に、1対1の立ち合いをしている時に感じた、私の『焦り』について。

 先日から、『52デコ』を勧められて使うようになったのですが…。
 武器を変えたのにも関わらず、中盤で塗り固める動作をしている鈴蘭です。



 まず1つ目の間違い。
 『52デコ』は射程こそ短いものの、全武器中最高クラスの攻撃力を誇るキル武器です。
 武器の特性を活かすのであれば、前に出て、敵に肉薄して倒さねばなりません。
 長距離シューターのような動きをしても、前線の味方に働く利はないのです。

  『ガンガン前に』

 …とにかく相手に詰める意識が必要です。



 2つ目の間違い。
 『52デコ』のボムは地面を滑っていく『カーリングボム』。
 地面を塗りながら進むので、進軍に効果的なボムと言えます。
 私は、これを『上手く使ってやろう』と意識するあまり…判断に要する時間、インク、相手への警戒…そうしたものを犠牲にしています。
 上手く使えるようになるに越したことはありませんが。
 それにこだわり過ぎることは危険です。

  『カーリングボムに頼りすぎない』

 …持っている武器の特性への理解が必要です。



 3つ目の間違い。
 特に1対1の状況においてそうなのですが…。
 『この相手を倒さねばならない』と一度決めると、私は勝算も無しにほぼ真っすぐ突っ込んでいきます。
 いえ、事前に考えてることがないではないのです。
 しかし…2つ目にあるように、下手な考えで方針を定めきれないうちに相手の射程に入ってしまい、慌てて行動…というパターンが多いのです。
 それに加え、相手に撃たれたら引く…という意識があり。
 先手を取られたところで、相手を狙うのではなく、足元の塗りを優先する傾向にあります。

  『引くのではなく、詰めて相手を倒す』
 
 …そうした行動は、武器の特性云々以前の私の弱気の表れです。



 まぁ…あれですね。
 考えるより先に動けるように、という感じでしょうか。
 考えなしは良くありませんが。
 考えすぎてしまうのも良くないでしょう。

 考えたとおりに動けない。
 考えたとおりに相手が動かない。

 …それが『焦り』の元になっているようにも感じますから。
 私の場合…勢いに任せるように、思い切って…というくらいが丁度いいのかもしれません。

 次は、もう少し思い切って動くようにしましょうかね;

独り言 その壱千参百参拾九

 大きいだけの鈴蘭です。




 …やっと、ですか。




■今日のニークス




 今週は、褐色集会の開催される4月の第2週。
 例によって参加してきた鈴蘭です。



 いつもであれば、前の週にはGJコメントで開催告知をするのですが…。
 今回は、ブロックの改編とSwitch版の導入というイベントがあった為に、『Vita共用、Switch共用、どちらのブロックで開催するか』の決定がもつれて少し遅れてしまいました。
 PC版ユーザーにしてみれば、どちらであろうが関係ありませんが、PS4/Vita版ユーザーとSwitch版ユーザーにしてみれば、参加できるかどうかの大問題。
 それぞれで出来ることが違う…というのは、こうしたイベントには不便です。
 ゲームとは離れた部分のことですし、『クロスプラットフォーム』の謳い文句に偽りは無いのかもしれませんが…。

 皆が同じ場所に立てる形は出来ないものでしょうかねぇ…;






 今回は、開始時間に緊急が重なっており…非常に人の少ない状態でのスタートとなりました。
 どうした訳か…ここ最近の予告緊急の編成は、ゴールデンタイムを外して深夜や未明に詰め込む傾向にあります。
 そこには、期間限定クエストへ誘導する意図があるのかもしれません。
 ただ…。
 こうした形ではなく、行き先を選べる環境作りが必要なんじゃないかなぁ…と、思うのですけどね;

 …ですが、だからといってゴールデンタイムに目玉の緊急を入れれば、皆そちらに行ってしまうでしょう。
 私などは、考え無しに並べて見せて…それで『やることはやった』と一人勝手に満足してしまうような人間なので、誤ってしまいがちなのですけど…。
 良い結果を望むのであれば、多少の手間が必要になります。
 人と人との間での事。
 一方通行の関係ではないのです。
 選択肢を与えて『選ばせる』だけでは、良い結果は望めません。




 傍目にみれば、ふざけてるだけの集まりのようにも見えるかもしれませんが。
 『できるだけ多くの人が楽しいと感じられる時間を』…と。
 参加される皆さんに『望んでもらう』ことで、今の形になったと思います。

 偶然が重なっただけ?

 …ええ、それも事実です。
 ただ…偶然を偶然のままにしてきた訳でもありません。
 偶然を好機として、その次、その次の次を望んできたから。

 私個人に限って言えば…何かにつけ掛かりが遅いこと、動きが小さいこともあり、なかなか実現はしませんが…。
 相手の厚意に縋るようにして、どうにか…といったところ。

 そんな私を、自分でも情けなく感じます。
 もう少しどうにか…と思わなくもありません。

 でも、そうなればなったで…私らしさが無くなるのやもしれず。
 そんな私では、褐色集会は言うに及ばず。
 今、お付き合いのある方との関係も無かったかもしれません。

 多くを望まない。
 
 私のそれは、謙虚さから来るものではありません。
 ですが…これを謙虚と見てもらえるように。
 相手への気遣いを忘れないようにしたいものです。







 …二次会では、チャットを追いつつ、部屋の整理をしていた鈴蘭でした。

 棚を組み換え、物を動かし、埃を拭い、ゴミを纏め…。




 どうにか整理が出来たようです。
 部屋がスッキリして、気持ちが良くなったものの…。




 二次会の方は、珍しい事に酒盛りのテンションで方向知らずの盛り上がりを見せており。
 普段、そうした場に縁のない私からすれば、とても新鮮なものでした。
 もっといろいろ話したりもしてみたかったなぁ…と後悔しきり。

 次回も、というのであれば…楽しみにしておきますね。

独り言 その壱千参百参拾八

 大きいだけの鈴蘭です。




 所属している大艦隊や、Discordのチャットにおいては先行して公開されている大陸版の情報が流れてきており。
 私も、その存在は聞き及んでいましたが…。
 『ソロモンネイビーキャヴァリアーズ』…大陸版で言うところの『ソロモンの四騎士』が来るようです。

 全てが史実通りというわけではないので、明確な指標にはなりえませんが、アズールレーンのストーリーの時計の針は1943年の7月まで進んでいると思われます。
 (最新章の10章の『コロンバンガラ島沖海戦』がその月に起きている)

 来週の新章の配信が発表された、このタイミングで同時に発表となった新キャラたち。
 この『ソロモンの四騎士』も、新章に関連するのだろうと思ったのですが…。
 ネットで史実を調べてみても、『ソロモンの四騎士』なるものの記述が見当たりません。



  …はて、完全な創作…?



 いえ、これまでのことを思うと…たとえ創作だとしても、モチーフになった何かはあると思います。
 海戦史を紐解けば、きっと出てくるはず…。

 …などと、そんな私と同じことを考えた方が、既に詳しく調べておられました。




 …なるほど。
 ということは、次の舞台は『ブーゲンビル島沖海戦』ですか…。
 楽しみですね。



 ただ…楽しみは楽しみなのですが…。



 これはPSO2でも感じることで。
 コンテンツの追加スピードが早くて、追いつくのが大変…とも思ってしまうのですね;
 とはいえ、運営の立場からすれば、ユーザーを駆り立てるかのような手法は、適切ともいえるでしょう。
 狙いがあって、そうしていているのは分かっているつもりですが…。
 やはり、忙しないと思ってしまいます。

 …私が呑気すぎるだけなのでしょうかね…; 



■今日のニークス

 現代の日本の文化に多大な影響を与えた人物は、歴史上数多く存在します。
 今、自分たちが当たり前に親しんでいるものは、そうした先人たちが『残したい』と願い、その願いが受け継がれてきたものです。
 私自身、そうしたものへの無知を恥じるばかりな人間ですが…。
 そうした先人たちが居たからこそ、今があることを忘れてはいけないと思います。



 茶人として大成した千利休と古田織部。
 師弟の二人の間に、こんな話があります。

 利休が織部を招いて茶で持て成した時のこと。
 取り出した茶入れの瓶の蓋に、利休は小さな傷を見つけます。
 利休は、何食わぬ顔で茶入れから茶を取り出し…さり気なく、織部から傷が見えないように茶杓で隠して脇に置きました。
 師である利休の所作を見ていた織部は、何か思うところがあったのか。
 帰り際に利休に願い出て、その傷物の茶入れを譲り受けました。

 後日。

 織部が利休を招いて茶で持て成した時のこと。
 大事な席で織部が取り出したのは、利休から譲り受けた傷物の茶入れ。
 織部は何食わぬ顔で茶入れから茶を取り出し…さり気なく、利休に傷が見えるようにして脇に置きました。
 弟子である織部の所作を見ていた利休は、それを見て驚き、感心したといいます。

 千利休は、弟子たちに『日常の中にある、身の回りのありふれたものに美しさ、面白さがあり、それを見過ごさないようにすることが大事』と教えていました。
 しかし、そんな利休であっても、傷に美を見出すという発想はなかったのです。

 利休は華美を嫌い、落ち着いた美を好む傾向にありました。
 それは、ある意味…良くも悪くも型にはまった秩序ある美しさです。

 それに対し織部は、そうした秩序を壊す破調に面白さがあると考えました。
 均衡を崩す傷は醜くも映りますが、その形は同じものが世に2つとありません。
 それは、人の作為を超えたところにある美しさ…と言えるでしょう。

 利休も認めた織部の美学によって生み出されたものは、以降『織部好み』として巷で大流行しました。
 …ところが。
 『織部好み』は安土桃山時代に大流行しますが、江戸の初期には姿を消してしまいます。
 流行した期間は、僅かに30年余り。
 これは、大阪の陣において、家康の方針に反対した織部が幕府に処刑されたため、と言われています。
 大罪人の持ち物を珍重しては、幕府の不興を買うことになる…そうした世相が、織部の美を途絶えさせたのです。



 破調を求めた織部が、秩序によって追われてしまった。



 …これは、そんなお話。







 部屋の模様替えをしています。

 新しいキーボードも届きました。
 マウスパッドを新調しました。
 ヘッドホンを修繕しました。
 掃除をし、棚を整理し…。




 まだ途中ですが…お陰様で、なんとなく収まりがついてきました。



 …昨日、Twitterでの反応に戸惑っている…と書きました。
 私としては…『こうしたい』と思った形にしているだけで。
 この風景は、人に見せようと思って整えたものではありません。
 お洒落だからだとか…かっこいいからだとか…そういうことは考えていませんでした。

 手の届く範囲で過不足を感じない、私一人だけの世界を。

 強いて言えば、その程度の考えしか私にはありません。
 人から評価されるなど思ってもみなかったのですよ。



 ただ…。



 当の私には、それが何かが分かってはいませんが。
 見る人が見れば、そこに何かしらの面白さを感じる…のでしょうね。

 そこでふと、『身の回りのありふれたものの中に面白さ、美しさがある』…そんな利休の教えを思い出した鈴蘭です。

 私は、見るべきを見ず、なんとなくで大事なことを見過ごす。
 …ああ、うん…。
 いつもの私だということでしたか…と;



 今週も明日から三連休。
 部屋の片付けを終わらせて、ゆっくり楽しめればと思いますが。
 もう少し…。
 これを機会に、大事なものを見つめ直せたらとも思いますね…;

独り言 その壱千参百参拾七

 大きいだけの鈴蘭です。




 多摩市の市長選にAI候補者…ですか。
 小説や漫画などでは、人に代わって人工知能が政治を担う世界…というものが出てくるのは知っていましたが…現実に、とは…。



 これは私の解釈で、現実とは乖離したものかもしれませんが…。



 昨今、AIの性能は飛躍的に向上しています。
 神経細胞を模倣した自己学習プログラムの開発。
 コンピューターの処理能力の向上。
 それらによって、人工知能は着実に人に近付きつつあります。

 かつての人工知能は、リンゴを指し示して『リンゴ』というものを定義付けさせても、指し示したリンゴ以外のものはリンゴとして認識できませんでした。
 100%同じでなければ、99%同じでも0%。
 人工知能とは、そういうものだったのです。

 その後、人間の脳の構造をプログラムで再現させる試みが始まり。
 関連する事柄を相互にリンクさせ、一つの物を多角的に見ることが可能になりました。

 『リンゴ』とは『リンゴ』でなければ『リンゴ』ではない…なんてことはなく。
 色、形、大きさ…似通った部分があれば、それが見たことのないモノであっても、『リンゴ』という答えに辿り着けるようになったのです。

 何かを見て、過去の経験を思い出す。
 そこから、別の何かを連想する。

 今のAIはそうした事が可能です。



 ただ…。
 政治への利用…というのは、まだ難しいでしょうね。



 行政サービスを人に代わって行う…というのは向いていると思うのです。
 法に照らして、定型の申請を処理する。
 それは今の人工知能が得意とするところでしょうから。

 しかし、政治家の仕事を人工知能が代行するというのは…どうでしょう?
 法に照らして、その可否を判断するだけではなく。
 ともすれば、判断の基準となるべき法そのものを変えなければならないのが政治です。
 人工知能が、自身で自身のルールの整合性を判断して、自身で修正する…。
 そうしたイレギュラーへの対応は、今の人工知能が最も苦手とするところです。

 経験を積めば将来的に出来なくもないでしょうが、直ぐに出来るものではないでしょう。 
 それを思うと…いきなり人工知能に政治を任せる、なんてのは突拍子もないことのように思えた鈴蘭です。



 …もしかして、この立候補ってフェイク?



 気になって調べてみると。
 やっぱりというか…ちゃんと人間の立候補者がいました。




 どうやら、人工知能の導入によって行政の経費節減や透明化を図る、という公約を掲げているようですね。
 つまり、人間の政治家が、政策判断を全てAIに任せよう、ということのようで。
 AI自身が立候補するわけではない…と。



 さもありなん、と納得した一方。
 AIの候補者が話半分であったことに、がっかりした鈴蘭です。



■今日のニークス

 さて…昨日のスプラの振り返りですが…。
 今回は、一つ…私の勘違いが明るみになりました。

 このスプラにおいて、よく『射程意識』という言葉を聞き。
 また、それが大事と実感し、練習の中で自身の持つ武器の射程…弾の届く際を見定めるようにしているのですが…。
 こうした時、ある動画で耳にした『射程を押し付けて勝つ』というフレーズが印象に残っています。
 それは…中長射程の武器を持った時、短射程の武器を持った相手を近寄らせずに、射程の差で一方的に押し込んでしまう戦い方です。
 定石と言えば定石なのですが…。
 スプラにおいては、射程端では弾の威力が減衰します。
 弾は届くが、本来の威力では届かない…そうした、実効射程というものがあり。
 本来の威力を保ったまま相手に弾を当てるためには、最大射程の9割弱程度の位置で相手を捉えねばなりません。

 だというのに…。

 問題は、私が常に射程のギリギリに立ち、その距離を維持するように細かく動きながら撃つことにあります。
 どの武器でもそうなのです。
 射程の長さに関係なく、自分の武器の射程のギリギリで相手を狙う。
 そんな立ち回りをしているのです。

 特に短射程の武器を持った時の私の立ち位置は…突っ込むというには遠く、引いて撃つというには近く…という半端なものになってしまいがちに。

 …これでは勝ちようがありません。

 『射程を意識する』
 そのポイントを、私は勘違いしていたのです。
 


 上手い人の動画は参考になる…ということで。 

OPENREC.jpg


 先日、フォートナイトの番組を見るときにも教えてもらった、『オープンレック』というゲーム実況の専門サイトを勧められました。
 正直なところ、私などが見て理解が追いつくものなのか…不安がないではありませんが。
 ただ…今のままでは、自身の間違いに気付けないままにもなってしまいかねません。

 下手であるからこそ、積極的に活用すべきものなのかな、と。



 …取り敢えずは、あれです。
 それぞれの武器で、どの位置で敵と戦っているのか。
 それを見比べてみましょうか…。



■コメントのお返事
 続きよりどうぞ。

独り言 その壱千参百参拾六

 大きいだけの鈴蘭です。



 おー…。



 こんな形でセガがゲームハード事業に戻ってくるとは。
 個人的には、新ハードでの復活を…とも思っていたので、残念にも感じてしまったのですけど…。
 それを差し引いても、ファンにとっては嬉しいニュースですね。



 メガドライブと言えば、無限の拡張性を実現した、夢のハード。
 外部拡張機器を繋ぎ合わせた姿は、今のゲーム機にはない美しさがあります。
 それは造形美ではなく…いわゆる機能美t…。
 …いえ、違いますね。
 確かに機能性を追求した形ではありますが、無駄を省いて出来上がった『機能美』とは別のもののようにも思えます。
 それを何と言えばいいでしょう…上手い表現が出てきませんが…。
 子供が夢を追い掛けて行く中で形にしたような…そんな『無邪気さ』がある美しさ…でしょうか。



 最近の世の中は、便利になりました。
 しかし、より便利な世の中にするために、人はとかく無駄を省くことが求められ。
 何かが便利になるにつれ、心を遊ばせるような『無邪気さ』が無くなってしまっているようにも思う鈴蘭です。

 メガドライブを、今後どのように展開させるのかは知りませんが…。
 もう一度、などというのは勝手な願いでしょうかね;



■今日のニークス

 昨日、部屋の模様替えについて触れましたが…。


 この写真、言うほどお洒落でしょうか…?;
 当の私には、貧乏人の侘しい住まいを切り抜いただけ…にしか見えんのですけどね…;
 正直、私が思っていたのとは全く別方向のTwitterでの反応に、戸惑いしかありません;

 …というのも、実はこの写真を上げるとき。
 『キーボードとマウスでゲームを始めようかという人間がこんなの使うの?』とツッコまれるのではないか、と思っていたのですね。

 昨日の記事で触れたように、マウスはゲーミングマウスの入門機的な位置付けにあると思われる、ロジクールの『G300S』というモデルを買いました。
 『リフトオフディスタンス』『トラッキング速度』『トラッキング解像度』『レポートレート』『大きさ』『重さ』『コストパフォーマンス』…そうした評価点を考えて、まずはコレで始めて…不都合を感じるようなら上位モデルに買い換えよう、と。

 しかし、今使っているキーボードは、そうして選んだものではありません。
 極端な話、『取り敢えずで使う分には不満も無いだろう』と選んだもので…特別、ゲームでの使用を意識したものではないのです。



 私がゲームをキーボードで遊んでいたのは、MSXやMS-DOSの時代。
 以降はずっとパッドで通して来ました。
 そのため…。

  『どんなキーボードを選ぶべきか?』

 その基準は私の中に無く…曖昧としています。







 今週も火曜日がお忙しいという事で、今日に時間を作ってくれたのですが…。
 スプラを終えて、振り返りが一段落したところで。(※スプラの振り返りは明日にでも)

  『そのキーボード、使いにくくありません?』

 その言葉に、思わず画面の前で苦笑してしまいました。
 そう、本当に…有難うとしか言いようがありません。
 よく見てくださっていますね;



 昔、プログラムを教わった先生から、心得として『プログラマになろうと言うなら、キーボードを選ぶな』と言われたことがあります。
 古い時代のプログラマである先生は、整った環境で開発できるとは限らないのだから、『壊れたキーボードしかないから開発できません』なんて抜かすのは甘えだ、与えられたモノで工夫してなんとかしろ…と、そう仰っていました。

 生憎、そこまでの覚悟は私には出来ませんでしたが…。
 しかし、それでも。
 道具の良し悪しを論じる前に、使い手の自分の未熟が原因ではないのか。
 何かを不満に感じる度、そう思うようになりました。

 …ただ。

 このキーボードでフォートナイトを遊んでいるとき。
 必要となる左Ctrlや左Altが、どうにも押しにくい…と感じたのですね。
 手をホームポジションからズラしてみたりもしたのですが、馴染まず。
 画面の中で敵と戦う一方、画面の外で違和感と戦っています。

  『まだ始めたばかりだし、文句を言うのもなぁ…』

 などと、いつものように考えていたのですが。
 …ふと、思ったのです。
 もしかして、私は好んで選ぶべきではない選択肢を選んでいるのではないか…と。
 根拠はありません。
 しかし、世にゲーミングキーボードなるものまであるのです。
 そこには然るべき理があるはずで。
 それを知らない私は、一人流れに逆らって『進みづらい』と言っているのではないでしょうか。



 そんな事を考えていたときに聞いたのですよ。

  『そのキーボード、使いにくくありません?』
 
 …それは苦笑も出るというものです;



げーみんぐきーぼーど

 わざわざ写真を送って『これを使っています』と教えて下さったモデル。
  …個人的には、見せて頂いた写真に写っていたモノも気になったのですが…。

 良いですね。

 いや、何が良いと言って…。
 ショップに実際に行くと、『プロゲーマー◯◯氏推奨』みたいなコーナーが有り、色々とピックアップされているのを見かけます。
 しかし…正直なところ。
 たとえ、世界的に有名な人が推奨するモデルであっても、私には…その売り言葉は、今ひとつ心に響きません。
 どれだけ有名な人であっても、私にとってはあまり意味がなく。
 この人なら…と、信用している人からの言葉だからこそ、心にも響こうというものでしょうから。

 お話を伺った後、早速Amazonで探し出し注文しました。
 水曜日…遅くとも木曜日には手元に届くようです。

 今使っているキーボードより少し大きいサイズですし、また机の上を片付けないといけません。
 それと、ゲームをするにはマウスパッドが小さすぎるとも言われたので、大きいマットに変えて…。
 あとは、くたびれたヘッドホンのクッションを交換して…。

 世の春の忙しさに比べれば、ささやかなものではありますが。
 こうして楽しみのために、あれこれと動くのは…良いものですね。



 …ちなみに。
 PSO2もキーボードでやったほうが強くなれる、と言われ…。
 今更ながらに挑戦しようか考えている鈴蘭です。

独り言 その壱千参百参拾五

 大きいだけの鈴蘭です。

 4月に入ったというのに、寒い日が続いています。
 春は何処に行ってしまったのかと疑ってしまうような陽気に、恨めしさも覚えてしまいますが…。
 しかし、こうした寒さも、きっと一時の事なのでしょう。
 既に4月も中旬に差し掛かろうかという頃。
 直に暖かくなり…この寒さも忘れて、暑い暑いと言うようになるに違いありません。

 そうなる前に。




 部屋の模様替えを始めた鈴蘭です。



 …いえ、『何故に模様替え?』という話ですが…。



 これまでは、ポインティングデバイスというとトラックボールを使っていました。
 トラックボールは使い辛いという人も少なくありませんが…私個人としては、場所を取らず、細かい作業にはマウスより向いていると感じており、気に入っているのです。
 ところが最近、愛用していたトラックボールがチャタリングを起こすようになり。
 『そろそろ買い換え時かなぁ…』と思っていた矢先に始まった、フォートナイト生活。
 トラックボールは細かな操作をするには向いていますが、細かい動きまで拾い過ぎてしまうために、ゲームでは加減が難しくなりがち。
 これも巡り合わせかと思い、ネットで評価の高い(?)ロジクールのゲーミングマウスに買い替えました。

 しかし、一つ何かを変えると、その回りも気になり出してしまい。

 それだったら、ここはこうして…。
 あれはこっちに持ってきて…。
 これは要らないから捨てて…。
 
 …そうして色々と手を付けるうちに、部屋の模様替えをすることになってしまいました。



 なんとも…行き当たりばったりで計画性など無い、私らしいことです;



 ただ、そのお陰…というのも変かもしれませんが。
 フォートナイトの方は画面酔いも殆しなくなり…徐々にではありますが、操作の練習に集中できるようになってきました。

 …といっても。

 不慣れなゲーム。
 初めてのキーボード操作。
 久し振りのマウス。

 画面の中の私は、立って歩けるかも怪しい有様です。
 これでは銃を持ったところで、満足に戦えるものではありません。
 TPSでこれでは、一方的にやられるだけになってしまいます。
 しかし幸いなことに…フォートナイトというゲームは、単純な射撃戦の技術の優劣だけで勝負が決まるのではなく。
 自身が『建築』によって作る壁などを、如何に工夫できるかが勝負を決めます。
 その工夫を身につけるため…。
 ゲーム本来の目的であるバトルロイヤルから外れ、人の少ない田舎で木を切り倒し、せっせと小屋を建てる練習をしている鈴蘭です。

 …傍目には、何をしてるんだって話でしょうが…。

 楽しいものですよ。
 それがどんなことであれ、何かの目的に向かって進む、というものは。



■考えすぎ?

 かつて『蘇軾(そしょく)』という人が古代中国(北宋)にいました。
 官僚、詩人、書家という肩書を持っていましたが…官僚としては、上司との意見の相違から左遷を繰り返すばかりの、不遇の生涯を送ったとされます。
 しかし、詩人、書家としては大成し、同時代の詩人7人と共に『唐宋八大家』と称されるほどの人です。

 三国志好きの人なら『赤壁の賦』という詩のことをご存知かもしれません。
 この詩を書いた『蘇東坡(そとうば)』とは、蘇軾のことであり…『蘇東坡』は彼の号(ペンネームのようなもの)です。
 彼は不遇の人生を送る中で独特な考え方を持つようになり、それが彼の作った『赤壁の賦』に表れていると言われています。



 その『赤壁の賦』ですが。
 ちょっと原文が長いので…詳しく知りたいという方は、『赤壁の賦』を解説しているサイトをご覧頂くとして…。
 ここでは白文だけを引用し、ざっくりとした意味を。

 前赤壁賦

壬戌之秋七月既望蘇子與客泛舟遊於赤壁之下淸風徐來水波不興擧酒屬客誦明月之詩歌窈窕之章少焉月出於東山之上徘徊於斗牛之閒白露横江水光接天縱一葦之所如凌萬頃之茫然浩浩乎如馮虚御風而不知其所止飄飄乎如遺世獨立羽化而登仙於是飲酒樂甚扣舷而歌之歌曰桂櫂兮蘭槳撃空明兮泝流光渺渺兮予懷望美人兮天一方客有吹洞簫者倚歌而和之其聲嗚嗚然如怨如慕如泣如訴餘音嫋嫋不絶如縷舞幽壑之濳蛟泣孤舟之嫠婦蘇子愀然正襟危坐而問客曰何爲其然也客曰月明星稀烏鵲南飛此非曹孟德之詩乎西望夏口東望武昌山川相繆鬱乎蒼蒼此非孟德之困於周郎者乎方其破荊州下江陵順流而東也舳艫千里旌旗蔽空釃酒臨江横槊賦詩固一世之雄也而今安在哉況吾與子漁樵於江渚之上侶魚鰕而友麋鹿駕一葉之輕舟擧匏樽以相屬寄蜉蝣於天地眇滄海之一粟哀吾生之須臾羨長江之無窮挾飛仙以遨遊抱明月而長終知不可乎驟得託遺響於悲風蘇子曰客亦知夫水與月乎逝者如斯而未嘗往也盈虚者如彼而卒莫消長也蓋將自其變者而觀之則天地曾不能以一瞬自其不變者而觀之則物與我皆無盡也而又何羨乎且夫天地之閒物各有主苟非吾之所有雖一毫而莫取惟江上之淸風與山閒之明月耳得之而爲聲目遇之而成色取之無禁用之不竭是造物者之無盡藏也而吾與子之所共適客喜而笑洗盞更酌肴核既盡杯盤狼藉相與枕藉乎舟中不知東方之既白



 後赤壁賦

是歳十月之望歩自雪堂將歸于臨皐二客從予過黄泥之坂霜露既降木葉盡脱人影在地仰見明月顧而樂之行歌相答已而歎曰有客無酒有酒無肴月白風淸如此良夜何客曰今者薄暮擧網得魚巨口細鱗状如松江之鱸顧安所得酒乎歸而謀諸婦婦曰我有斗酒藏之久矣以待子不時之需於是攜酒與魚復遊於赤壁之下江流有聲斷岸千尺山高月小水落石出曾日月之幾何而江山不可復識矣予乃攝衣而上履巉巖披蒙茸踞虎豹登虬龍攀棲鶻之危巣俯馮夷之幽宮蓋二客之不能從焉劃然長嘯草木震動山鳴谷應風起水涌予亦悄然而悲肅然而恐凜乎其不可留也反而登舟放乎中流聽其所止而休焉時夜將半四顧寂寥適有孤鶴横江東來翅如車輪玄裳縞衣戛然長鳴掠予舟而西也須臾客去予亦就睡夢一道士羽衣翩躚過臨皐之下揖予而言曰赤壁之遊樂乎問其姓名俛而不答嗚呼噫嘻我知之矣疇昔之夜飛鳴而過我者非子也邪道士顧笑予亦驚悟開戸視之不見其處



 【意訳】
 名月の夜、舟遊びをする蘇東坡と友人。
 船上で酒を酌み交わし、詩を吟じ、笛を吹く。
 楽しい時間の中…ふと、友人が長江を眺めて悲しそうに呟きます。
 『自分たちは、広大な長江の悠久であることに比べ、何と小さく儚い存在なのだろうか』と。

 友人の、そんな世の無常を嘆く言葉を聞いた蘇東坡は、諭すように語ります。
 『変化するという視点に立てば万物に変わらないものなど無い。しかし逆に、変化しないという視点に立てば万物は永劫不変である。月は満ち欠けするが、結局元の満月に戻るのを見てごらんよ』と。
 さらに続けて。
 『全ての物に所有権が主張される人間界と違い、清風や名月、ひいては自然界の全てのものは、いくら味わっても禁じられもせず尽きることもない。この造物主が齎した無尽蔵の楽しみを大いに味わいましょう』

 これを聞いて喜んだ友人と、また酒を飲みなおすのだった…。



 この詩に見られる蘇軾の考え方から、後に生まれた言葉は今の世にも残っています。

行雲流水
こううんりゅうすい【行雲流水】
〔宋史 蘇軾伝〕

空行く雲や流れる水のように、一事に執着せず、自然にまかせて行動すること。
                   【出典 三省堂



 春が過ぎれば夏が来ます。
 春の終わりを嘆いても、春が戻ることはありません。
 移ろいゆくものの変化を拒んだところで、何も変えられないのです。

 しかし。

 春が過ぎれば夏が来ます。
 夏が過ぎれば秋が来ます。
 秋が過ぎれば冬が来ます。
 冬が過ぎれば春が来ます。

 そうして季節は一年を通して巡るものとして、常にその変化の中に在るものと考えれば。
 同じ時間の流れの中に在る限り、そのサイクルの中で変わらずに在り続けられるはずです。

 時間の流れを否定して立ち止まるのではなく。
 時間の流れを肯定して共に流れゆく。

 大事な物、譲れないものはそのままに。
 相手が移ろうものであるなら、自分もそれに沿わせて移ろう。
 変わることで変わらない。
 …そんな形もあるのではないでしょうか?







 PSO2も、始まって随分と経ちました。
 これまでの時間の流れの中で、色々と変わったこともあるかと思います。
 5年…6年ですか。
 小学生が中学生になろうかという…それだけの時間は、決して短いものではありません。
 特に…フレさん達の変化を見るにつけ、一人、時間の流れに取り残されてしまったかのような…寂しさに似たものを感じる鈴蘭です。

 しかし、その一方で。

 そんな寂しさを覚えることが正しいものか…。
 その時間の流れの中で、人が進学し、社会に出て、家庭を持ち、子供が出来て…そうした変化によって、その人がその人でなくなるものか…そんな疑問を覚えました。
 無論、環境の変化によって価値観が変わる…ということはあると思います。
 ですが、その人と共にした時間の中で、変化も共にしているのであれば。
 その人が変わったとしても、関係は変わっていないのではないか。
 大事が大事でなくなることなどないのではないか。

 私に器用なことは出来ませんが。
 相手が変わるというのなら。
 それに沿わせて変わらずに居られたら…と。

 …そんな風にも思えるのですね。



 そして。 



 それは、人と人だけのことではなく。
 人と物…。
 人とゲームにおいても同様ではないか…と。

 そんな事を思った鈴蘭です。

独り言 その壱千参百参拾四

 大きいだけの鈴蘭です。

 昨日は更新が半端になってしまい、申し訳ありませんでした。
 実は午後から体調不良…というか画面酔いでダウンしてしまいまして…。

 30分程の仮眠のつもりで目覚ましタイマーを設定して椅子に横になったのですが。
 目が覚めたときには、20時前…都合9時間近くも寝てしまい…。
 寝起きが良いのが数少ない取り柄である私にしては、珍しい失態でした;



 今朝の仕事明け、お誘いいただいてフォートナイトをプレイした鈴蘭です。
 しかし…スプラのときも書いたように思いますが、新しいゲームを始めたばかりの頃は決まって『画面酔い』をしてしまうのですね。

 FPS(一人称視点)で画面酔いする人は多いが、TPS(三人称視点)で画面酔いする人は珍しい、と言われます。

 私の場合…画面の動きに不慣れなことから来るものもありますが、動きそのものよりも、新しい環境で新しい情報を取り入れようと頭が必死に働いてる…とでも言えばいいのでしょうか。
 画面のすべての情報を受け止めきれず、過負荷によって脳が悲鳴を上げている…そんな感じであるようにも思います。
 しかし、凡人の私が画面の全てを等しく意識するなんてことは、土台無理な話。
 だというのに、意識の配分が分かっていない私は、画面に注視して…しすぎてしまいます。 

 『画面酔い』をしないためには、画面外の風景を見るといい、と聞きます。
 画面内の動きについていけていない脳に、『これは画面の中だけのことなのだ』と理解させるために、普段通りの部屋の風景を見せて落ち着かせるのだそうです。

 …ところが。
 私には、その余裕すらないのですよね;

 PSOやスプラの経験から、『この部分は意識しなくてもいい』という優先順位が私の中に出来上がるのに2、3日といったところでしょうか。
 頭の中の整理が済めば、酔っていたのが嘘のように普通の状態になるのですけど…。
 それまでは、酔いと格闘しながらのフォートナイト生活になりそうですね;

 しかし、PSOもスプラもそうして慣らした結果、今の楽しみがある訳で。
 それを思えば、これも十分に甲斐のあることであろう…と。
 酔いを感じても、単純にそれを嫌うことは出来ない鈴蘭です。



 …ただ、今回。
 こればかりは、ということが一つ。



 ダウンする私に気を遣って、スプラにも誘って頂けたのですけど…寝過ごしてしまい、結果としてすっぽかすことに。
 …これは本当に申し訳ない事をしてしまいました…。

 思うのですけど…。

 こうした時に、相手にどのようにして謝意を示せばいいものか…。
 何と言うのがいいでしょう?
 言葉が足りなければ、相手への気遣いが足りないように思いますし。
 かと言って言葉が過ぎれば、謝る為に謝っている事にもなりかねず。
 『言葉で伝える』ということが、なんと難しいことか。

 前にもそうした事があり、気を付けねばと思っていた筈なのです。
 しかし、結局…繰り返してしまいました。
 相手の許しを得たから終わる…というものでもありません。
 許しを得たからこそ、始まる、始めるべきことがあるはずです。
 なればこその…。

 …。

 いえ、ここまで言うと…逆に相手に押し付けがましくなりますか…。
 深刻ぶるのも、ほどほどにしましょう;
 相手がいることを忘れずに、私が気を付けるべきことを気を付ける。
 結局は、その一点に大事があるのですし。



 さて、話を変え…。



 その『フォートナイト』ですが。
 面白いですね。
 私は、最近バナー広告に表示されているのを見て、かろうじて名前を知っていた…くらいの認識しかありませんでした。
 しかし、世界的には同時接続者数340万人を記録するなど、大ヒットのゲームなのだとか。

 伝わるものか分からないのですけど…最初見たとき、平野耕太の『DRIFTERS』の一場面が思い浮かんだ鈴蘭です。
 城塞の壁面に、魔術で防壁を階段状に突き立てて駆け上がる…という。

 このゲームは銃で撃ち合うばかりではなく、より有利な位置を取るための『建築』という要素があります。
 足場を組んだり、階段を作ったり、罠を仕掛けたり。
 如何に早く『建築』によって有利状況を作り出すかがポイントになっており、特に…ヘッドショットが狙いやすくなるよう、相手の頭上を取るべく高く高く登っていく…というのは、他のゲームには無い特徴になっています。

 不意に銃声がして、あたりを見回してみると。
 みるみるうちに塔が天に向かって伸びていくのが見える…というのは、このゲームならではでしょう。




 早速、プロゲーマーによる生放送番組なども企画されたようで…。
 個人視点での動画なども公開されています。




 …なんというか。
 こうしたものを見ると、時代の流れを感じますねぇ…;
 ゲームにプロが居て、そのプロが実況番組を配信し、それを見ながらプレイヤー同士がコミュニケーションをとる。
 私が子供の頃には夢物語であったことが、こうして現実になったのですから。

 今の人にしてみれば、まだまだ…という風にも見えるのでしょうが。
 私などからすれば…本当に眩しく見えます。

 その一端に触れられる。
 更には参加までできる。
 それは本当に喜ばしいことなのですよ、私などには。



 今週、来週は、木金土の3連休。
 張り切ってやっていきましょうかね…!!

独り言 その壱千参百参拾参

 大きいだけの鈴蘭です。

 さて。
 明日はPSO2の定期メンテナンスの日。
 そして4月4日は、Switch版PSO2のサービスインの日です。

4/4 『PSO2 クラウド』正式サービスに向けてのご案内



4月4日(水)正式サービス開始の『PSO2 クラウド』に関する独自の制限や仕様などにつきまして、『PSO2』をプレイされている皆様へご説明させていただきます。
クロスプレイ制限およびコミュニケーション制限は、すべてのプレイヤーの方に関わる内容となるため、事前にご確認くださいますようお願いいたします。



 公式サイトにはサービスインに向けたアナウンスが掲載されています。

 いよいよ…となりましたか。

 最初、このSwitch版の発表を聞いた時に『Switchのユーザー層にPSO2って合ってるのかな?』と疑問に思った鈴蘭です。
 特に根拠は無いのですが…漠然と、Switchのメインターゲットを小中学生くらいに思っていたのですね。

 …でも『本当にそう思いますか?』と言われました。

 Switch本体と同時発売となった『ゼルダの伝説』を例にとると…。
 ゲーム内容としては、子供にも楽しめるものではありますが、ゲーム自体に『過去作に触れた大人たちに、もう一度ゼルダを』というメッセージが籠められているように感じます。
 それを思えば、二十代後半以上の年齢の人にこそ、Switchは焦点を当てていると言えるでしょう。
 
 …そうなると。

 年齢的には既にPSO2を遊んでいてもおかしくない人たちがメインターゲットになってしまいます。

 そうした人たちにSwitch版を提供することで、何をするのか。
 何がしたいのか。
 残念ながら…今の段階では、それが見えてきません。
 


 いよいよ稼働開始となるSwitch版。
 果たして、私たちに何を見せてくれるのでしょうね…。



■今日のニークス

フォートナイト
© 2018, Epic Games, Inc. Epic


 『フォートナイト』始めました。
 といっても、初回はどんなものか…ちょっと覗く程度でした。
 …いえ。
 散歩のつもりで遊びに行って、数十秒で瞬殺されて終わってしまい…。
 覗くどころの話ではありませんでしたが;



 そんな私ですが…有り難いことに、フレンド申請を頂き…。
 喜んで受け取ろうとしたのですが。
 間抜けなことに、自分の名前を間違って登録してたことに気付きました。
 上の写真の右上に名前が見えますが…。
 なんでしょうね『SuzuRam』って…;

 先行き不安です;

 今日は追記を書くつもりで、寝入ってしまい…その顛末を含めて、明日改めて書かせていただきます;
 今日は本当に短い内容になりますが、これにて。
 コメントの御返事も明日させていただきます。

独り言 その壱千参百参拾弐

 大きいだけの鈴蘭です。




 耐用年数を超過して使用され、燃料切れによって制御不能に陥ったとされていた中国の宇宙ステーション『天宮1号』が今日、大気圏に突入しました。
 基本的に、こうした衛星は役目を終えると大気圏に落とし、摩擦熱で燃やして処分するのですが…。
 『天宮1号』の場合、老朽化によって世代交代を図るつもりが、新しい宇宙ステーションの打ち上げに失敗。
 計画のズレを補うために、使用期間を延長して対応したものの…衛星の高度を維持するために、大気圏に突入させる際に使用するはずの燃料まで使ってしまったようで、安全な場所を見定めて落とすことが出来なくなってしまいました。

 中国当局は『制御はできている』と強弁していましたが。
 『天宮1号』の軌道は人口密集地域も通過しており、当局の主張するように、制御可能な状態であるにも関わらず、もし人口密集地域に落ちてしまった場合…故意に落としたのか、という疑いも出かねません。

 下手をすれば大きな国際問題に発展するかも知れないという事態に、果たして衛星がどこに落ちるものなのか…世界中の人々が固唾を飲んで見守っていました。



 …と、まぁ…。
 大山鳴動して鼠一匹。



 日本の上空も3度ほど通過したようですが、幸い被害はなく。
 最終的に、南太平洋に落下したものの…ほぼ全ての部品が燃え尽き、被害らしい被害は出なかったとのこと。
 なによりの結末ではありますが…なんとも人騒がせな事ですね;

 それが何のためにあるのか。
 それに何の意味があるのか。

 それが分かっていれば、起きようもなかったはずの騒ぎなのですから…。



■今日のニークス

 今日は月曜日。
 それも、4月最初の月曜日です。
 今日から新生活が実際に動き始めた…という人も少なくないことでしょう。
 チャットでも、新生活が始まったという人の話を聞きましたが…。
 仕事明け。
 乗り込んだ電車には、真新しい制服に身を包んだ若人と、それに付き添う親と思しき人の姿がありました。
 …これから入学式でしょうか。
 仮想で話を聞くだけでは実感がありませんでしたが…こうして目の当たりにすると…。

 春だなぁ…。

 平素と変わらずボンヤリとしている私の脇を、季節が早足で駆け抜けていきます。
 …いえ。
 ちょっとは頑張ってみようかと、薄っすらと絵を始めてもいるのですが…それはまた別の話。

 巡って来た季節に、浮き立つような…寂しいような…そんな気持ちになった鈴蘭です。



 さて。



 明日は火曜日…スプラトゥーンの日です。
 より良い時間にする為にも、ちょっとでも練習しておきましょうか。

 …と、思ってSwitchの準備をしたところで着信が…。

 『はて?』と思って覗いてみれば。



 『明日は用事があって…代わりに今日どうでしょう?』



 …あら。
 4月は忙しく、ゲームをする時間が満足に取れそうにない…と仰っていましたが…。
 その中で、こうして都合をつけて時間を取って下さるとは。

 現実において、何をされているのかは存じません。
 ただ…出来ることなら、幾らでも時間が欲しいと思う事に当たっているのではないかと思います。
 大事な時期にあっても約束を守ろうとして下さる、そのお気持ちは有り難いことです。

 しかし、くれぐれも無理だけはしないで下さいな。

 前にも独り言をしたようにも思いますが…。
 私は、待つ事を苦にはしません。
 その甲斐があると思えば、待つことを楽しみと感じる人間です。

 だからといって待たせていいものではない、という話かもしれません。
 でも逆に。
 そんな風に話してくれる相手だからこそ、待つ楽しみがあるというものなのですよ。



 …などと、一人考えながら。
 一日早いスプラトゥーンの日を開始しました。



 前回は…

 ・主武器の特性を意識して使ったか?
 ・ボムを積極的に使用していたか?
 ・SPは使えていたか?
 ・射程意識はあったか?
 ・有利状況の見極めは出来ていたか?
 ・全体の戦況を見ていたか?
 ・ホコなどのオブジェクトへの意識はあったか?
 ・チャージャーへの対策は出来ていたか?
 ・前回の反省点を活かせていたか?

 …といった感じに、細かく自分の今を確認しました。
 しかし、これら全てをいっぺんに克服するのは欲張りすぎというもの。
 これらの気を付けるべきことは気を付けて。
 今の自分に出来そうなところから改善していこうかと。 

 取り敢えず…。

 ・ボムを積極的に使用していたか?
 ・有利状況の見極めは出来ていたか?

 この2つから、今回は『ボムを積極的に使いつつ、味方を攻撃しようとしている敵に横槍を入れる。』ということが出来たら…と考えました。
 今回の戦いを振り返ってみると…ある程度、ボムを使用しようという意識はありました。
 特にクイボの場合…壁に投げて塗る、遮蔽の向こうに山なりに投げて牽制する、敵の足元を塗りクイコンを決める…といった使い方は前回より回数が増えたと思います。
 しかし、やはり咄嗟のときに自分の足元を塗る、敵に当てるといった使い方が出来ていません。
 この点は、今後も変わらず課題としたいところです。

 一方の、味方を攻撃しようとしている敵に横槍を入れる…という動きですが…。
 これに関しては、私の動きが小さいのは相変わらずで。
 敵に横槍を入れるシュチュエーションに間に合っていませんでした。
 
 この動きを通して、今回…私は一つ考え違いをしていたことを知りました。

 一つの武器の腕を磨き上げれば、どのようなマップであっても戦える。
 私が勝てないのは、何よりも私の腕が不足しているから。
 …そう思っていたのですが…。
 ところが、よくよく考えてみると…必ずしもそうとは限らないのですね。

 極端な話、断崖の上の丸太の一本橋の上で敵と向かい合い。
 相手がマシンガンを構えている状態で、私がナイフを構えて『どんな状況でも勝てるはず』と言ってるようなもので。
 見るべきものを見ないままに、無謀なことに挑戦しようとしていたのです。

 状況によって武器の有利不利は変わります。
 それを補えるだけの腕のない私が、勝つためには…。
 相応しい武器を、その都度選択することも必要なのです。

 …正直、それに類するお話は伺っていたのですが…私のこととして実感しておらず。
 今回、新ステージとして登場した『ショッツル鉱山』でヒッセンを使って戦って、ようやく意味がわかりました。

 今後は、幾つかの武器を切り替えて、マップに合わせた戦い方を心掛けられればと思います;



 …いやはや…。



 ホントにゲームの前提から、ちゃんと学ばないと駄目ですね;
 何故そうなっているのか。
 それの根本を、私は理解していません;



 そんな私が、その根本を他のゲームに求めようとして、FPSをやってみようとしたことは記憶に新しいところですが…。
 そうした目的は、見当違い。
 ゲームはゲームとして楽しむほうが良い…ということで。

フォートナイト
© 2018, Epic Games, Inc. Epic


 『フォートナイト』というゲームを教えて頂きました。

 PUBGを教えても頂いたのですが、あちらは要求されるPCのスペックが高く…それなりの準備が必要でしたが、このフォートナイトは低スペックのPCでも起動する軽さが売りだそうで。
 ゲームシステムも良く出来ていて、『神ゲー』の太鼓判を押される程なのだとか。

 早速ダウンロードしてインストールしてみましたが…。

 さてさて。
 どんなものかは、また改めて。



■スプラトゥーン2振り返り(過去分)

 ・スプラ反省・その1
 ・スプラ反省・その1.5

独り言 その壱千参百参拾壱

 大きいだけの鈴蘭です。

 年度末が終わりました。
 明けて、新年度の第一日目の今日4月1日は…いわゆる『エイプリルフール』です。
 見たところ、PSO2では特にコレと言ったネタが無いようでしたが…。



 ネットを見渡してみると、個人、企業を問わず色々と考えていますね…感心してしまいました;

 一見して嘘と分かりにくい嘘は、人の誤解を生みやすく。
 ネットが発達した現在、そうした誤解がアッという間に拡散してしまうため、些細な嘘でも大きな混乱を招く恐れがあります。
 かと言って、あからさまなもの…という言い方も大雑把過ぎますか…ではジョークにならず、誰にも相手にしてもらえないかもしれません。
 一口に『嘘』といっても…相手の興を誘う嘘というものは、簡単ではないと思います。






 アズールレーンでは仕込んできましたね。

 6000年後にアニメが公開になるそうです。
 吉野家が『エイプリルフール』のタグを付けて誤解を避けていますが…これは言ってみればネタバレなわけで。
 (吉野家は企業の責任として誤解を招かないように明示しているだけで、それが悪いとは思いませんけどね;)
 内容にツッコミを入れて『こんなん嘘やないかい!』と言わせる形になってるのは良いですね。

 …しかし、6000年後ですか…。
 人類が存続していたとして、どれだけ世界が変わっているものか、想像がつきません;

 試しに今を基準に、6000年前…紀元前4000年頃のニュースを拾ってみると…。
 『中国、中南米でリャマの家畜化始まる』、『巨石による巨大建造物の建築ラッシュ』、『日本で縄文土器がブーム』…。

 …。

 縄文人に、今の現代人の生活が想像できる筈もなく。
 それを思えば、現代人の思い描く遥か先の未来の世界というものも、きっと…未来の人たちから見れば、荒唐無稽なものに映ることでしょう。
 Twitterでは『アニメ放送開始』とありますけど…。
 そのアニメがどうなってるのやら;



 ちなみに。



 アズールレーンに関連して、リアル海戦ゲームのWoWSがエイプリルフールのネタを投下しており…。



 アズールレーンのシステム導入を発表しています。
 これを受けて、アズールレーンの運営がWoWSの運営に返信して…ユーザーから見て面白いことになっていたり。



 こうして繋がりが出来て広がって。
 ひょんなことから、何かの形で嘘が本当にもなるかもしれません。

 そんなキッカケになる『エイプリルフール』は…夢を見ているようで、楽しくもあります。



 嘘というものは、基本的に良いものではありません。
 ですが…人との間を繋ぎ、関係を円滑にする…そうした嘘もあるかと思います。
 
 例えば…。

 医療において、偽薬というものがあります。

偽薬(ぎやく)とは、本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、偽物の薬の事である。成分として少量ではヒトに対してほとんど薬理的影響のないブドウ糖や乳糖が使われることが多い。プラシーボ(英語: placebo 英音: [pləˈsiːbəʊ] 米音: [pləˈsiːboʊ] [plæˈsiːboʊ])、プラセボ(フランス語: placebo [plasebo])ともいい、いずれもラテン語: placēbō [plakeːboː] プラケーボー(「私は喜ばせる」の意)に由来する。医学・薬学では「プラセボ」を用いることが多い。

「placebo」は、広義には「薬」以外にも、本物の治療のように見せて実質上の治療の機序が含まれないあらゆる治療手段を指すため、厳密にはより広い意味の言葉である。プラセボ手術(placebo surgery)が行われることすらある。

偽薬は、偽薬効果(プラセボ効果)を期待して処方されることもあるが、本物の薬の治療効果を実験的に明らかにするため、比較対照試験(対照実験)で利用されることが多い(その代表としては二重盲検法がある)。不眠などの不定愁訴を訴える患者に対し、睡眠薬を継続して処方することが危険と判断される場合、ビタミン剤を睡眠薬と偽って処方することがある…
               【Wikipedia:偽薬



 プラシーボ効果という言葉は有名ですし、聞いたことのある方も多いかと思います。
 説明にあるように、薬ではないものを薬と称して患者に飲ませ、患者の身体に負担をかけないようにしながら精神面から治療する…というもの。
 人の身体というものは不思議なもので。
 確かな痛みや苦しみも、気の持ちようで感じ方が変わります。

 実際には効果のない薬で、患者の気持ちを上向かせ、実際の薬と同じ効果を引き出す。
 これも…言ってみれば嘘の一つでしょう。
 
 相手を思えばこそ。
 そうしたものもあると思うのです。

 …しかし。

 嘘は嘘。
 如何に相手のためとは言え…都合のいいことばかりを並べることは、相手にとって良いことであっても、両者にとって良いこととは言えないでしょう。
 漫画で…その辺を上手く表してるのが『おそ松くん』の中のストーリーの一つ、『イヤミはひとり風の中』でしょうか。
 偽薬の使用に関しても、倫理的にどうなのかという批判があり…。

…が、WHOはこのような事を行わないよう勧告している[1]。

偽薬を処方する事に対する倫理的な批判もあるため、現在の治験における比較対照試験では、通常、類似薬効薬が用いられる。
               【Wikipedia:偽薬



 使用は好ましくない、というのが一般的なようです。



 偽薬には確かな効果がある。
 だけれども、その使用は患者に対して誠実と言えるのか。

 嘘も方便と言います。

 それは、相手の為になるものではあるのでしょう。
 しかし…。
 何れ、帳尻を合わせるための代償を必要とするものかもしれません。

 相手のためになるからと言って。
 それに頼りすぎては…。
 …などと、エイプリルフールに場違いなことを考えた鈴蘭です。



 …それでも、PSO2にも一つくらい何かあっても良かったと思いますけどね;



■おまけ

 エイプリルフールのネタではありませんが…。




 嘘のようなホントの話。

独り言 その壱千参百参拾

 大きいだけの鈴蘭です。

 …いやはや。
 PSO2でもそうでしたが…アズールレーンでお話を伺う方には、創作活動をしている方が多く。

 『絵を描いてます』
 『小説書いてます』
 『ドール作ります』
 『コス作ってます』

 その方向性は様々ですが、頑張ってる人の多いこと多いこと。
 そうした方たちの話を聞いて、その熱意にただただ感心するばかりの鈴蘭です。

 一方で、今日…。
 懇意にしているフレさんとお話をしていて。

  『昔は、寝る前の少しの時間を惜しんで本を読んだりもしましたが、最近は…』

 といった言葉を聞き。
 そういえば私も、寸暇を惜しんで好きなことに没頭する…ということを、久しくしていないことに気付きました。
 ああ、いえ…ゲームは楽しんでやっています。
 しかしそれは趣味であり、遊びであるもの。
 そうではなく…趣味だけど、遊びじゃないもの…とでも言えばいいのでしょうか。
 ともかく、そうした『何か』に没頭することが無くなってしまいました。

 私の場合、躓きがあって熱を失ってしまいましたが…。
 最近、それを寂しく思うようになりました。
 周りの人に感化され、心境が変わってきたのでしょうか?

 世に出よう、なんてことは望みません。
 ただ…。
 何処まで行けるものなのか。
 今更ながらに、試したくもなったのです。



■今日のニークス

 さて。
 少し話は戻って…先日のスプラトゥーン2についての反省文なのですが…。
 『ちょっと細かすぎないですか?』というご指摘をいただきました。

 気が付いた事があれば、どんなに小さなことでも見直してみるのは良いことです。
 しかし、問題は…これらを『次の機会に改善できるのか?』という。
 一度にやることが多すぎて、結局何も得られずに終わるのではないか…と。

 ええ、まぁ…それは私自身、言われずとも分かっているつもりです。
 物覚えが悪く、不器用な私のこと。
 高すぎる理想を掲げても、支えきれずに潰されてしまうのがオチでしょうから。

 なので、私としては…。

 手始めに現状の確認を行い、問題点を列挙して。
 それらを見渡し、この中で優先して対処すべき事は何だろうか…と。
 あの回で、そうした作業をするつもりでいました。

 しかし、問題点を箇条書きにしたまでは良いものの、結論が尻すぼみとなり…。
 『では、どのように問題に取り組むのか』という…次にすべき事について、具体性のない形で終わっていました。
 『地形確認』や『落ち着くこと』というのは一つの方針ではありますが、それは練習して向上を図れる技術ではありません。

 見稽古もいいですが、実際に手を動かさねば始まらないというのに、その為の課題がないのです。
 前回の反省は…自身を見返しただけの中途半端なもの。
 改めて反省文を読み返してみて、『ああ、これは失敗したな…』と思った鈴蘭です。



 …そこで。
 『やることを絞って、目標にすべき』
 そう教えられ…。






 新しい練習法を教えて頂いた鈴蘭です。







 以前、こうした機会を持てることについて、『側にいる間は利用しようという気持ちでいいんです』と言われました。

 人と人との関係において、それは正しい言葉であると思います。
 有形無形を問わず、そこに何かしらの『利』があればこそ…人と人は結び付くものですから。

 …ただ。

 私としては…その『利』を享受する事を当たり前としたくはありません。



 昔話の中には、『無限に酒の湧く瓶』なるものが登場するお話があります。
 働き者が、それを手にした途端に欲に溺れて堕落していく様を描くもので。
 お話を通して、子供に節度を説くのですが…。

 私の場合。

 私は、その瓶が便利だから手にした訳でありませんし。
 私は、その瓶が便利だと知って大事にしている訳でもありません。

 だというのに、私の都合のいい時に便利だからといって、使うのは…裏切りだとも思うのですね。

 私が瓶を好いている、その気持ちに対しての。
 そして…瓶が私に望んでいるであろうものに対しての。  



 助力を請うのは良いでしょう。
 しかし。
 分別を弁えず、それをアテにしては…。
 それこそ、私は昔話の通りになってしまいます。



 そんなことは…。



 …などと。
 考えすぎる私に対して、『気負うな』と諭すための…『利用しろ』という言葉だったのかな、と。
 巡り巡って、ようやくそんな事を思った鈴蘭です。



■スプラトゥーン2振り返り(過去分)

 ・スプラ反省・その1