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独り言 その壱千参百九

 大きいだけの鈴蘭です。

 PSO2にしろ、スプラトゥーンにしろ、何にしろ。
 実際に上手い人と一緒に遊ぶ機会というのは、そうそうありません。
 特に私など…その接点を得ること自体が少ないのですから、そうした時間を持てるのは、間違いなく幸運なことです。
 得難い時間を自分に成長の糧にすべく、アレコレと試行錯誤をしている鈴蘭です。

 …しかし。

 成長に活かすにも、通るべき筋道があろうかと思います。
 例えば…上手い人の動画を見て、その動きを真似ることで上手くなる…ということはあると思います。
 壁に突き当たり、どうすればいいのか分からずにいたところで、ヒントを貰ってキッカケを作る。
 私も解説動画などを見るようになり、その有用性は実感しています。
 ただ…。
 何故、その動きをする必要があるのか…その『何故』を理解していなければ、どれだけ上手に動きを真似たところで…いつまで経っても、自分の動きにはならないのではないでしょうか?

 いえ、天性のセンスを持っている人なら、なんとでもなるのでしょうけどね;
 そんなものを持ち合わせていない私が、横着して近道をしようとしても、怪我するだけ。



 かつて…エジプト王のトレミーが『幾何学が面倒なんだが…もっと簡単に教えてくれ』と、教師を務めていたユークリッドに注文したところ…。
 ユークリッドは『幾何学に王道なし』と答えたのだとか。


 
 …そう。
 『学ぶ』ということに近道などない、と…。
 





 そんな先人の教えに従い、基礎の反復を繰り返す毎日の鈴蘭です。



 下手なりに練習した甲斐があったのか…。
 最近ようやく、同じBレベル帯の人との対戦でのキルレシオ(撃墜対被撃墜比率)が1を上回るようになってきました。
  ※キルレシオ補足
   自分が一回倒されるまでに、一回相手を倒せば1:1。
   自分が一回倒されるまでに、二回相手を倒せば2:1。


 以前は、ろくに狙いをつけられず…一発も当てられないまま倒されるというケースも多かったのですが。
 今は、相対するまでの工夫の不足で倒されるケースの方が目立つようになりました。

 …さて、此処が次の課題となります。

 全体の戦況を見る意識が薄く、目の前で展開している状況に対応しようとして、視界の外からの攻撃に倒される。
 以前に比べて人数の有利不利を確認するようにはなりましたが…。
 まだまだ注意力が足りません。

 いえ、注意力『も』ですね。

 今の私には、何より経験と知識が足りません。
 無論、経験はこれからも積み続けます。
 相応に、知識も蓄えて行こうと思います。
 不器用な私のことですから、きっとトンデモナイ回り道をしながらになることでしょうが…;
 途中で投げ出すようなことをせず…少しずつでも、と。

 …え?
 上手い人がいるなら聞けば早いんじゃないか、と?

 それは、安易に頼るべきではないでしょうね。
 その人に憧れ、その人に近づくのは『私』でなければなりません。
 その人の形を模しただけの『その人のような何か』では意味が無いのです。

 疑問や悩みが無いではありません。
 それらが口をついて出そうにもなります。
 しかし、そうする前に。
 私は、私自身で何をしたのか…それを考えます。

  …まぁ、これが過ぎて…私は遊んでる時に無口になってしまうのですが…;

 『私』は、失敗してばかりで情けないとは思います。
 でも、だからといって『私』であることは辞められませんし…辞めるべきではありません。



 …ここで勘違いされがちなのですが。



 私にとって、失敗することと負けることはイコールではありません。
 負けるのが嫌だから、という理由で『私』は『私』を否定するようなことはしません。
 
 考えること。
 失敗すること。
 改めること。

 それらが遊びの本質で。
 私にとっての勝ち負けは…遊びの終わった先にある、オマケでしかありません。

 負けて悔しいと思わないわけではありませんが。
 それは『あの時、ああしていれば違う結果になったかも』というもので。
 負けたこと、そのものではなく…。

 私が、改めるべきを改めなかったこと。
 私が、挑戦すべきを挑戦しなかったこと。

 そうしたことを振り返って、遊びきれていなかった私を悔しいと思うのです。 



 …この辺り、思えば…昨日の記事にも通じるところがあるようにも。
 アスリートのそれと遊びとを同列に考えることを、不謹慎と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが…。
 楽しむ、ということに区別など無いと思うのですね。
 当人の意志とは関係なく、周囲が『そうあるべき』と望むのであれば、そうでなければならない…というのなら。
 人の個性など無意味なものになってしまいます。

 その人だからこその楽しみがあるのです。
 他の誰かに代わって貰ったところで得られない、その人自身が遊ぶからこその楽しみが。
 その為にも…。
 勝った負けたではなく。
 思い残しを作るような遊びをしない。

 …それを一つの理想と思う鈴蘭です。



 まぁ…。



 実際のところ…色々足りていないので、言葉ばかりなのですけどね…私は;
 でも、だからこそなのでしょう。
 私の先を行く人たちを見て…素直に感心してしまうのです。

 同じ遊びをしながら、ああも楽しめるものなのか…と。

 そうした人たちとの時間は、私にとって楽しいものなのですよ。
 本当に。
 その楽しい時間のためにも。
 また、練習をすることにしましょう。



■コメントのお返事
 …また後ほど。
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独り言 その壱千参百八

 大きいだけの鈴蘭です。

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                          (C)SEGA

 バーチャロンかぁ…。



 …ドリームキャスト版のバーチャロンと、アーケードスティックを買って遊んだこともある鈴蘭ですが…。
 実は、バーチャロンのストーリーを全く知らなかったりします。

 このテムジンも、名前こそ知っていますが…。
 バリエーションがあるとは知りませんでした;

 このロビーに立っているテムジンのカラーリングが、以前のものと違っているように感じ、ネットで調べたところで…その奥の深さを知りました。

 それは、こうしてロビーに立っているものを見ただけでは、分からないところです。

 …思えば、コラボって…宣伝の為にしている筈なのに、思いの外、その作品の中身については触れてないようにも…。
 宣伝といえば、そうしたものなのかもしれませんし、本来のPSO2の世界観を壊してしまうコラボなど、逆に不興を買ってしまいかねませんから、これでいいのかもしれませんが…。
 
 このテムジンにアクセスすると、アーカイブが見れる…みたいな。
 折角の自社コラボなのですし、そうしたものもあってもいいんじゃないかなぁ…。



 …まぁ、私が適当言ってるだけなので、誰も求めていない事かもしれませんが…;



■今日のニークス

 古代中国の思想書『孟子』において。
 公孫丑(こうそんちゅう)が孟子に『浩然の気』というものについて問うている場面に、こんなお話があります。

 …浩然の気はいつも義と道とに添うものであるから、気だけを目的として養ってはいけないが、養うことを忘れてしまってもいけない。 また、むりに成長を助けようとしてもいけない。
 この宋人のようなことをしてはいけない。


 宋の国に自分が植えた苗がなかなか成長しないのを心配して、苗を引っ張った人がいた。
 くたくたに疲れて帰ると、家の者に向かって言った。

  『今日は疲れたよ、苗を引っ張って早く育つように助けてやったんだ。』

 その息子が驚いて畑へ走って行って見ると、もう苗はすっかり枯れてしまっていた。


 世の中には、このようにして苗の成長を助けようとする者が少なくない。
 浩然の気を養うなど無駄なことだとして、あきらめてしまうのは苗のための草取りをしないのと同じである。
 また、むりに助け育てようとするのは、苗を引っ張るようなものだ。
 無益なばかりでなく、かえって害になる。
      【孟子・公孫丑・上】



 このお話は故事となり。
 後に『助長』という言葉で知られるようになりました。






 この記事を見て『助長』を思った鈴蘭です。



 アスリートにとって、メダルの色は大事なものであるでしょうし。
 きっと、大願を成就し得なかった事は残念に違いありません。

 しかし…。

 自己新記録を更新してメダルを獲得した選手に対して、第一声で『残念ながら…』と言うのは…。
 インタビュアーには、どういう意図があったのでしょうね?

 運が無かった、とでも言いたいのでしょうか。

 …確かに、勝敗は時の運に左右されると言いますし。
 こうした時の慰めの言葉として、間違いではないとは思います。

 でも…勝敗は、選手が力を出し切った先にあるものです。
 勝負事である以上、勝ち負けは大事ですが。
 まずは何よりも、勝負の場に立った選手が力を出しきったことを労り、称賛し…その上で慰める、というのが順序ではないかな…と。
 そんな事を思った鈴蘭です。

 たかが順序の違い?

 …果たして、そうでしょうか?

 言葉は同じでも、順序が違うだけで重みがまるで違います。
 競技に臨む選手たちは、応援してくれる人たちの期待を背負っていますが…。

 ここで大事なのは、選手でしょうか?
 それとも、応援している人でしょうか?
 
 『残念』と切り出したインタビュアーは、選手への気遣いではなく…応援している人への気遣いをしていたようにも見えてしまうのですよ。
 それは、宋の国の苗を引っ張った人と同じで。
 苗を枯らしてしまう…選手をダメにしてしまう、余計なことではないかと思うのです。

 確かに、応援は選手の力になります。
 でも…それによって直接、選手に何かを求めるようなことがあっては…逆に選手のためになりません。
 人を喜ばせたいから競技をする人もいるでしょうし、一概には出来ませんが…。
 選手は選手自身のために競技をすべきです。
 観衆のために競技をするのであれば…それは違うものになってしまいます。
 それが進んで、観衆が『こうあるべき』などと言って、選手から競技を奪うようなことになっては…いけないと思うのです。



 私にアスリートの気持ちは分かりません。
 しかし…。
 一世一代の大舞台で自己ベストの記録を出した選手を前に、『残念だった』は…やはり、選手が可哀想だと思うのです。


独り言 その壱千参百七

 大きいだけの鈴蘭です。

 今日はアズールレーンのお話で一本。



 チャットをどうするか…あれこれ考え続けている毎日ですが。
 何かを望むなら、自分からアクションを起こさねばなりません。
 私自身の良し悪しについては、私の実際の行動から判断して貰って…。
 そうして、直すべきを直せれば、と。

 …それが出来るものかどうかについては、後ほど語りを入れるとして…。



 先日、アズールレーンでチャットした方たちのお話を。



 犬も歩けば棒に当たる。
 一応、不出来な私でも私なりにアズールレーンでお話をして下さる方がいます。

 知識というか…常識が欠けている私のこと。
 そうそう皆さんと話を合わせられる訳でも無いのですが…。
 何かのときに、触れ合う…いえ、噛み合うようにして場が盛り上がるタイミングがあり。
 そうした機会に見聞きしたアレコレを、皆さんのカラーとして覚え…。
 私に出来る範囲の、私なりの合わせ方を模索しています。



 これは、先日『加賀さん(アズールレーンのキャラクターの一人)が好きでドールを作ってるところ』という方と話した折に教えて頂いた、その方の動画です。

 私に造形に関する知識はなく。
 私に元ネタに関する知識はなく。
 私には、この方の作品の良し悪しを評価するような事は出来ません。
 しかし…。
 この方がゲーム中で語ってくれたお話から、この方がどれだけの情熱を注いでいるのか…それを私は知りました。

 これが、どういうものかについては分かりません。
 ただ、それを好きという…この方は素晴らしい。
 それ以上も以下もなく、そう思ったのです。



 チャットで何をすればいいのか…まだ分かっていません。
 でも、少なくとも。
 それを大事に出来るような…そんな鈴蘭であれば、と。



■考えすぎ?

 いつもの事といえば、いつもの事ですが。
 私は、私が分からず…何をどのように説明したものか、見当がつきません。
 今回も無駄に長く、趣旨も不明瞭な文章かと思いますが…。
 迷いつつ書いている点を汲んで頂ければ幸いです。



 大艦隊の設立に関して…ブログを読んで下さった…ここは友人とさせていただきます…その方に諭されました。
 『それは浅い考え。甘いのではないか?』と。

 …いいところを突かれましたね;

 そうなんですよね…こう…なんというか…。
 人に迷惑をかけたのであれば、迷惑をかけたケジメをつけた上で私が消えれば…それ以上、周りが不愉快な思いをすることはない。
 私の存在が問題の原因であれば、それを取り除くことで物事は収まるだろう…と。
 私は、そんな考えを持っています。
 ただ…それだと、周囲の方が私に向けてくれたモノの尽くを無駄にしてしまいます。
 責任の果たし方としては、それは解決というには程遠い…片手落ちのもの。
 言ってしまえば…『逃げ』です。

 大艦隊の設立は、その『逃げ』に通じるものがあるのですね。
 …それを、よく分かっておいでで…参りました;



 甘い…、そう。
 私は現実の認識が甘いのです。



 先日から触れているように…。
 私には、相手を楽しませるような話はできません。
 会話というものは双方向の遣り取りが成立してこそ、『楽しい』ものとなりますが…私のそれは、あくまでも相手の話が先にあって…それに対して『聞いていますよ』というサインを返すだけ。
 そんな私は…余程のことでもない限り、人の意見を『そういうもの』として聞いています。
 それは、ネット上で言葉以外の方法で自己を形作れない…そうした相手への尊重とも映りますが…。
 一方で、それを情報としての正誤の判断も無く、そのまま受け入れてしまっており。

 …そして、他の人に対して『そういうものらしい』と語るのです。

 ある時、そうした私の行為に危機感はないのか、と言われました。
 ネットの情報など、本当かどうかの見極めをしなければ、大変なことになるのだから…と。

 なるほど、危機感…ですか。

 私にも人に誤った情報を伝えてしまうかも…ということへの危惧はあります。
 それによって何かのトラブルが起こってしまっては大変だ、とも思っています。

 ただ…危機感…危機感ですか…。

 実は…そこが曖昧だったりします。
 私が、私自身の問題として危機感を持つ…ということに、ピンときていません。
 私は、こと自分の身の上に起こりうる『危機』というものに鈍感というか…。
 自己を防衛しようという無意識の反射はあるのですが、私が私であることへのこだわり…そんな意識が希薄なようで。
 痛いこと、苦しいこと、辛いことは嫌っても…それらを呼び込むであろう『危機』というものには、基本的に無関心です。

 物事は、なるようになるもので。
 なるようにならなければ、それまでのこと。
 それが私一人の問題であるのならば、それはそもそも問題になりえない…と。



 以前、ある人に…『もし必要なら、私の身体から適当に持っていく?』と申し出て…。
 どこか呆れたように『いや、いいから…;』と断られたことがあったのですね。

 私には、その人の様子が不思議でなりませんでした。
 たとえ、それによって私が消えてしまうとしても…より良く使える人がいるというのなら、その人が使うべきではないのでしょうか?

 なんというか…拍子抜け、という気持ちで『そう? 遠慮しなくてもいいのに…』と、その人に返したのですが…。

 自分に起こることのように考えられるからこそ、相手を気遣えるのであって。
 自分に起こることへの無関心は、気遣うべき相手への無関心に通じます。
 自分のことを気遣えない人間に、他人を気遣うようなことは出来ないのです。

 …思えば、その人は私の無関心に呆れていたのかもしれません。



 そんな私は…人を手伝うようなことをします。
 それは、私が好きでやってること…というか、積極的に『助けよう』という意識もなくしていることで。
 それは、人の都合などお構いなしに、私がしたいからしているだけ。
 それが結果として人の助けになるなら、それでいい…という、無責任なものであって。
 私のコレは…ただ対価を求めていないだけの、およそ人への気遣いとは無縁の行為なのです。

 …その一方で。

 私にとっては基本…それが人助けであれなんであれ。
 人から貰ったものには、それ相応の対価を支払うべきと考えており。
 対価を支払わずには、それが何であれ受け取るべきではないと思っています。

 …これは矛盾です。
 
 私は、この関係を…立場を逆にして私自身に当てはめて考えた事がありませんでした。
 これは、会話であれ、危機感であれ、何であれ同じこと。

 自分を見ず。
 他人を見ず。
 ただ、それが『そうあってほしい』と願う。

 これは、そんな私の現実に対する認識の甘さが表れたものでしょう。
 私は、あらゆるものから逃げ続けているのです。



 …さて。



 果たして…私は今更、直すべきを直せるものなのか…。
 分かりませんね;
 正しい形がどんなものであるのか…それが分かっていない私は、直そうとして同じことを繰り返してしまいかねませんから。

 そうした時、周りを利用すればいいと言われました。
 でも…。
 そんな私に付き合わせてしまうのは、どうなのでしょう…?

 或いは友人なら…と、この文を読んでくださっている方は思うかもしれません。

 友人…友人ですか。
 この話の冒頭、『友人』という表現をしましたが…正直、『友人』というものも分らない鈴蘭です。
 何をすればそうなるものなのか。
 何をするものなのか。
 それを理解していない私は、この言葉を使うのをいつも躊躇っています。

 私にとってのそれは。

 得ようと思っても得られないもの。
 留めておきたいと願っても叶わないもの。
 私が頼るべきではないもの。

 それは、傍にあることは有難く、傍にないことが当たり前の…幸運のようなものです。
 …でも、これも…。
 現実を見ない、私の押し付けなのでしょう。

 そこに、形なんてあってないようなもので。
 それこそが自然であり。
 私が勝手に決めて良いものではないのでしょうから。

 …などという、これも決めつけですね;
 あれもこれも『こうあってほしい』…ありもしない形ばかり求め、そう願うだけの私だからこそ落ちた井戸の底…なのでしょうか;



 私は、私の中の様々なものに答えを出せていませんが…。
 流石に、人から好んで嫌われようとまでは思っていません。
 こんな私でも、何某かの期待してくれる人がいるというのなら。
 変われる限りのことは、出来る限りのことは…と。
 そんなことを思う鈴蘭です。

 結局、長いだけで何言いたいか分からない文に…;
 それでも最後まで読んで下さった貴方に感謝を。

独り言 その壱千参百六

 大きいだけの鈴蘭です。

 メキシコにある全長346kmにも及ぶ巨大な水中洞窟内で、マヤ文明の遺跡が見つかったそうです。






 これまで全く知られていなかった遺跡だそうで…古代の遺物が多数発見されています。

 焼かれた人骨や陶器、彫刻によって描かれた壁画など120点を超える遺物が発見されており、なかには1万2000年以上も前のものもあるという。石灰石の堆積層から見つかった人間の頭蓋骨は9000年前のものだと、デ・アンダ氏は話す。



 最初、水中洞窟に神殿が見つかったと聞いて、『どうやって作ったんだろう?』と不思議に思ったのですが…。

 マヤ文明は紀元前2000年から西暦1500年ごろまで続きました。
 その3000年以上の長い歴史の中で、大規模な気候変動による海水面の上下を経験していたそうで…。
 この水中洞窟も、かつては歩いて入ることが出来た時期があったのだとか。

 『文明のゆりかご』と称される、肥沃な三日月地帯において人類の主要な文明が興ったとされています。
 世界四大文明と言われるメソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、黄河文明…その何れも、大きな川の傍にあることが共通項として挙げられているのは…学校で習った覚えがあろうかと思います。

 大きな川の存在は、人の生活を支える重要な要素です。
 そこが発展するに従って、人が必要とする水は…飲み水としてだけではなく、農業用水、工業用水として、使い方は多様化し…その消費量は増えていきます。
 文明の成熟には、水…それを供給する川の存在は不可欠なのです。

 ところが、マヤ文明の栄えた地域には川がありません。
 この一帯は地表が石灰岩で覆われており、雨が降っても直ぐに地中に染み込んでしまう為、川ができにくいのです。

 周辺に文明を支えるべき川を持たなかったにも関わらず、高度な文明を築き上げたマヤ文明。
 はて、どうやって発展したのでしょう…?

 その答えが、この水中洞窟にあります。
 染み込んだ水が、長い年月をかけて地中を掘り進め…地下で巨大な川を作っているのですね。
 ところどころでは地盤が崩れ、地表に大きな穴が開いています。
 そこを井戸のように使って、マヤの人たちは水を得ていたのです。



 古代ローマでは、人に恵みを齎す川は擬人化され、女神として絵に描かれたりもしていました。
 人種は違えど、同じ人間。
 今回見付かったマヤ文明の遺跡も…川に捧げられた、古代の人の思いが形になったものなのかもしれませんね。



 …なんというか…。



 そうした『形』…いえ、『形だったもの』をみると。
 寂しいような、夢があるような…。
 そんな気持ちになる鈴蘭です。



■今日のニークス

 昨日の記事で触れたように、アズールレーンで大艦隊の結成を検討中の鈴蘭です。

 …とはいえ。

 実際、どんなものか…実は全く知らなかったりします。
 現状では、大艦隊の存在が遊ぶ上での有利不利に働くことが無いので、未所属でも不便を感じませんし…。
 これまでメンバー募集の告知を見かけることはありましたが、自分には縁も所縁もないことと思ってスルーしていたのです。
 ましてや、自分で設立するとは考えてもみませんでしたからね;
 作るかどうか、まだ迷っていますが…。
 試しに、どんなものか、作る手前まで進めてみることに。






 ほほぅ…陣営選択ですか。

 レッドアクシズ…『セイレーン』技術によって世界革新を目指す勢力
 アズールレーン…自然進化による人理継続を目指す勢力

 …ああ、『アズールレーン』ってゲームのタイトルは、この陣営の名称から来てたんですね。
 ここを見て初めて気が付きました;
 ストーリーを進めるモードはあるのですけど、こうした陣営ごとの背景に触れるような事がないため…今ひとつ、登場人物の立ち位置が分からなかったりするんですよね…。

 重桜(日本)と鉄血(ドイツ)のレッドアクシズ。
 ユニオン(アメリカ)とロイヤル(イギリス)のアズールレーン。

 …一応、史実における枢軸国と連合国の構図を模しているようですが…。

 ふむ…。

 ここで今更な疑問ですけど…。
 大戦中の軍艦の名前を持つ彼女たちは、一体どのような存在なのでしょうね?
 それぞれに『前の戦いでは…』みたいに史実に言及したりしています。
 人の姿を模してはいるものの、人でもない様子。
 (彼女たちがストーリー内で飲み食いするシーンにおいて、同じものをプレイヤーにも勧めようとしたところで『あ、でも君には無理かも』みたいなことを言われる)
 まぁ、普通に獣の耳や尻尾が生えてたりするので…精霊とかの類いなのかもしれません。
 大戦中の日本の軍艦には、神社から分祀された神様が祀られていましたし…ありえない話でもなさそうですが…。
 はてさて。
 史実に擬えて展開する物語に、彼女たちはどのような気持ちで臨んでいるのでしょうね?

 …とは言え。

 陣営の分かれる名分が『人類の進歩』という点にあるので、何もかもが史実通りではありません。
 市丸利之助海軍中将の『ルーズベルトニ与フル書』なんかを読んでいると、今後追加されていく北海(ソ連)などの扱いが興味深くもありますが…。
 …というか、彼女たちに読んでもらって、反応を見てみたいですね…。

 こうして行間を読んで想像するのは楽しいものですが。
 まぁ、あんまり穿っちゃうと…アレですね;



 …ともあれ。
 陣営を選ぶとすれば…難しいところですが…。
 やっぱり『アズールレーン』でしょうかねぇ。



 陣営を決めると…。
 そうでした。
 大艦隊の名前も決められるんでしたっけ。

 んー。

 こういうとき、学のない自分では何を付けるのがいいのか…全く出てきません;
 いや、学…というより、それ以前の…もっと根本的なセンスが足りてないですね;
 スッとモノに名前をつけられる人って、本当に凄いと思います。

 …っと、今は人のことを羨んでる場合ではありません。
 名前…名前ですか…。
 何かの格言から取るのが良いでしょうか…。
 でも、格言で…となると…漢字の熟語はちょっと堅いでしょうかねぇ…?



 …考えることしばし。



 『Vive hodie.』
 ウィーウェ・ホディエー…『今日を生きよ』

 ラテン語の格言です。
 ホントは『Festina lente!(フェスティーナー・レンテー)』…『急がば回れ』のほうが良かったのですが。
 文字数の制限が意外と厳しく、これだと入り切らないんですよね…;
 本命ではないのが残念ですが…でも、『今日を生きよ』という言葉も良い響きです。
 …特に私には…ってのはシツコイですかね;

 まぁ、作るかどうかはともかく。

 こういうのもいいのかも…という。
 欲しいものを前に、楽しい夢を見る…そんな気持ちの鈴蘭です。

独り言 その壱千参百五

 大きいだけの鈴蘭です。

 今日は水曜日。
 PSO2の定期メンテナンスがありました。

 アークスシップでは『とあるバーチャロン』とのコラボが始まったそうですね。
 実のところ、どちらもよく知らないので気の利いた言葉の一つも思い付かないのですけど…。
 結構、アークス待望のコラボだったりするんでしょうか…?

 …などと。

 無知な私は、ファンの方に怒られそうな事を考えつつ公式サイトをフラフラ。
 …と。
 告知ページの別のところに目が止まりました。

2/21 利用規約改定のお知らせ

平素より『ファンタシースターオンライン2』をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
2018年2月21日(水)14:00より、『ファンタシースターオンライン2』利用規約を改定させていただきます。

主な改定内容は以下のとおりです。

第4条1項を改定いたします。
 修正前
  有料ポイント
 修正後
  前払式支払手段
下記条項を改定いたします。
第4条1~3項、第5条1~6項、第6条
 修正前
  本件ポイント
 修正後
  前払式支払手段
第4条4項を新たに定めます。
追加
 別途『「特定商取引に関する法律」及び「資金決済法」に基づく表示』と題するページに前払式支払手段として表示するコンテンツは、資金決済法に基づき前払式支払手段として取扱われます。当該前払式支払手段から購入されたその他のコンテンツは、取得をもってこれにかかる商品・サービスの提供がなされたものとし、前払式支払手段には該当しません。

なお、上記以外に、文言の微調整や書式の調整などを行っております。
皆様におかれましては、『ファンタシースターオンライン2』利用規約の内容について、あらためてご確認いただけますようお願いいたします。

『ファンタシースターオンライン2』は、今後も皆様によりよいサービスをご提供できますよう努めてまいりますので、引き続き変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。

『ファンタシースターオンライン2』運営チーム



 『有料ポイント』が『前払式支払手段』に…ですか。
 法に則って改訂したという事のようですが…。

 はて、この『前払式支払手段』ってなんでしょう?

 法に無知なので、私にはコレが何であるのかが分かりません。
 これまでの『有料ポイント』と何が違うのでしょうか…。
 
 気になってネットで検索してみると、一般社団法人 日本資金決済業協会のホームページにこんな記載がありました。

Q1. どのようなものが前払式支払手段に該当しますか?



A1. 「前払式支払手段」とは、次の4つの要件が全て備わっているものが該当します。
(1) 金額又は物品・サービスの数量(個数、本数、度数等)が、証票、電子機器その他の物(証票等)に記載され、又は電磁的な方法で記録されていること。
(2) 証票等に記載され、又は電磁的な方法で記録されている金額又は物品・サービスの数量に応ずる対価が支払われていること。
(3) 金額又は物品・サービスの数量が記載され、又は電磁的な方法で記録されている証票等や、これらの財産的価値と結びついた番号、記号その他の符号が発行されること。
(4) 物品を購入するとき、サービスの提供を受けるとき等に、証票等や番号、記号その他の符号が、提示、交付、通知その他の方法により使用できるものであること。
例えば、商品券、ギフト券、プリペイドカード、IDなどがこれにあたります。もっとも、乗車券や入場券あるいは発行の日から一定の期間内に限り(6月)使用できるものは、4つの要件が備わっていたとしても、前払式支払手段に該当しないものとされています。



 …ははぁ。

 現実の貨幣をアークスシップ内で流通しているACやSGに替える。
 これまでの『有料ポイント』という表現では、この『替える』という事がユーザーに提供される『対価を必要とするサービス』の中に含まれるものなのかが曖昧だった…ということでしょうか。

 あくまでACやSGは『商品として買うもの』で。
 仮想通貨のような、一定の価値をもって現実の貨幣と双方向で交換できるものではない…と。
 それを明確にしたのが、今回の改訂のように見えます。

 …まぁ、私の視点なので…明後日の方向の解釈かもしれませんが。

 時期的に見ると、仮想通貨に関わる法整備に合わせて対応した…んでしょうか。
 もしかして、他企業のゲームの利用規約なんかも改訂が進んでたり?

 試しにグラブルの告知を見てみると…。



 …あれ…特にそういった話は無さそう…?



 たまたま…なんでしょうか。
 SEGA的には、意味のあることであろうとは思うのですけど…。
 察しが悪いので、こうしたときに考えが纏まらないのは、どうにも…もどかしいですね…;



■今日のニークス

 最近は、アズールレーンのチャットが流れていくのを、ボンヤリと眺め…。
 こう、なんというか…みんな物知りで凄いなぁ…と。
 ただただ感心ばかりしています。

 私もたまに参加もするのですけど、やっぱり駄目ですね;
 人に何かを話せるような、知識の広さも深みも無いので…何を言っても余計にしかなりそうにありません。

 チャットで飛び交う、見慣れない単語を追いながら。
 私は、つくづく時間を無駄にして生きてきたのだなぁ…と。
 そっと嘆息した鈴蘭です。



 まぁ、それを感じたからこそ、また性懲りもなく絵を…となったのですけどね。
 これはまた別のお話です。




 前にもチラッと書きましたが…。
 人によっては過密ルームを避けて、人の少ないルームに定住してコミュニティを形成しているケースもあるようです。
 これも、個人個人のペースを守るための工夫…といったところなのでしょうね。

 鈴蘭も、そうしたものに興味が湧いて、いくつかのルームを覗いたりもしたのですが…。
 人の賑わう様子を遠くに眺め、なんというか…それだけで満足してしまい…結局、参加するには至りませんでした。

 何しろ、私に場を乱すに足るものがありません。
 だというのに後から割って入るのは、無神経が過ぎるというものでしょうから…;

 …気にしすぎて馬鹿みたい、と思われますか?
 まぁ、当の私もそれは思わなくもありません。
 ただ…。
 私などには眩しいのです。
 人が楽しげにしている、明るく華やかな場所は。

 闇夜に慣れた身としては、陽の光は強すぎて…恐れが先に立ちます。
 出来ることなら…もう少し穏やかな、月の光の下で…と。

 …でも、そんなことを人に望むことは出来ません。
 それは私の都合であって、皆の都合ではないのですから。



 これは…アレですかね…。
 自分で大艦隊(PSO2でいうチーム)を立ち上げて、自分の居場所を作るほうがいいのかも知れませんね。

 私が、私のままで居てもいい。
 そんな場所を。



 …と、まぁ…ちょっと感傷的な表現でしたが…。
 私は人の多い場所でも、一人一人の会話を追いかけようとしてしまい。
 しかし、その流れの速さに追いつけず、目が回ってしまいそうになっているのは確かなのです。
 きっと、そんなことをしようとする必要など無いのでしょうけどね;
 でも…一方だけを向いて話す、というのは気が引けてしまいます。

 人の多い場所が、ほんとに向いていないんだろうと思います、私は;

 …などという私の性格はともかく。
 大艦隊には、ちゃんと誰もが目にして分かる機能上のメリットもあります。
 全体チャンネルのログは1時間以上は保持されず、更にはログアウトしてしまえば全てリセットされて消えてしまいます。
 一方で、大艦隊には専用のチャットルームが与えられ、そこは他のチャットルームとは異なり、チャットのログが長期間に渡って保持されます。
 過疎化した大艦隊の方に聞いた話だと…『クリスマスの時のログが、今も表示されている』というくらい。
 こうした点では大艦隊の専用チャットルームは、かなり優遇されていると言ってもいいでしょう。

 まぁ…だからこそなのかもしれませんが。

 PSO2のチーム結成とは異なり、課金アイテム600円分の手数料が取られます。
 アークスな鈴蘭としては、手数料の存在に驚いたのですが…。
 しかし、チャットルームが永続的に使える権利を買うと思えば、そう高いものとも思えません。
 いえ…むしろ安いくらいでしょう。

 …無論、既存の大艦隊に入る…という手もあります。
 その場合は手数料などは必要ありません。

 でも、大艦隊のチャットルームの雰囲気など、入るまで分かりませんし。
 思っていたのと違ったから…と、あまり出たり入ったりを繰り返すのも、周りの迷惑になりかねません。



 …やはり、自分で作る方向で考えてみますかねぇ…。


独り言 その壱千参百四

 大きいだけの鈴蘭です。

 夜起きて。
 アラームの鳴り出したスマホ様を手にとって宥め…。
 画面に浮かび上がった速報を見て、思わず『えー…』という呻きを漏らしてしまいました。




 いえ、地域にとっては良いことなのです。
 サミット開催という明確な目標のために、行政と民間が力を合わせ、これまで見過ごされてきた問題に取り組むことも期待できますから。
 …ただ…。
 先進主要国の首脳が一堂に会する国際会議。
 当然、警備は厳重なものになることでしょう。

 特に…昨今、米朝関連でキナ臭い話も聞こえてきています。
 この春にも変時があるかも知れない。
 …そんな憶測も飛び交う状況です。

 そんな時期に、この大阪で…。

 大阪に住む人間としては、厄介なイベントになることに違いありません。
 公共交通機関の一時的な混乱くらいで済んでくれれば良いのですけど…。



 はてさて…どうなることやら。



 ちなみに、これって大阪の何処で開催なんでしょ…?
 一口に大阪と言っても、それなりの広さがあります。
 大阪の何処でイベントを行うかで、私の住処への影響の度合いも変わってきます。
 そんな疑問を持ちつつ記事を読み進めていくと…。

 『大阪市住之江区の大阪国際見本市会場を想定している』…?

 …って、感謝祭を開催したのと同じ…インテックス大阪じゃないですか、コレ; 
 まぁ。
 『大阪府』が開催するのなら、関空付近の施設を使用できたことでしょうが…。
 このイベントは『大阪市』で開催とあります。
 大阪市内で、国際会議を開催できるくらいの場所なんて…。
 感謝祭のときにも言いましたが、インテックス大阪くらいしか思い付かないんですよね…;

 意外と近い場所での開催。
 何が変わる訳でも無いのかも知れませんが…。
 ただ、仕事への影響を考えると…今から憂鬱ですねぇ…;



■考えすぎ?

 本当に今更で。
 本当に何度目のことか…という話ですが。
 思うところがあって、先日から絵の練習を改めて始めました。
 ああ、いえ、練習…と言っても特別な何かをするわけでもありません。

 これは、あくまで私の持論ですが…。

 描きたいものの立体像をイメージすること。
 鉛筆を持つ手を正確に動かすこと。

 絵の技術の巧拙の違いは、この2つを結びつける経験の差だと思います。
 よく才能の差…と言う人がいますが。
 その『才能』は、出発が早いか遅いか、進みが早いか遅いか…その度合いの違いであって。
 根気さえあれば、誰しもが一定のレベルにまで到達できるものだと思っています。

 私は、人から『上手』と言われるたび。
 今の私が、あなたのほんの少し先にいるというだけで、特別なことなど何もなく。
 少しくらい早かったからといって、日々怠けていては…結局、私のように何処に行き着くことも出来ず。
 あなたがその気になりさえすれば、きっと直ぐに私など追い越せる。
 …そんな風に思うのです。



 とにかく、描くこと。
 全ては、そこから始まります。

 アリとキリギリス。
 ウサギとカメ。

 …昔話の通り。
 継続する事こそが『才能』なのですから。





 …そういえば。

 前に…私が描いているところを見た職場の人が、『そんなことしてるんですか?』と驚いていたのですが…。

 私は落書きで練習するとき、ボールペンでの一発勝負で臨みます。
 職場での1時間毎に設定された10分の休憩時間。
 その間に、思いついたものを描くのです。
 誰かに習った訳でも、勉強したわけでも無いので、技術的なことは分かりません。
 なので…下書きもアタリもありません。
 思ったままに手当たり次第…それがいつもの私です。

 『なんで鉛筆で描かないの?』

 そうも言われるのですが…。
 鉛筆だと…私の場合、駄目なのです。

 私は気の弱い人間です。
 その為に、失敗を恐れ…鉛筆を使うと、描いては消し描いては消しを繰り返し。
 線を幾つも重ねて輪郭をぼかし。
 そうして…自分が求めていた筈の形に答えを出さず…自分に嘘をついて誤魔化してしまうのです。

 ボールペンを使うのは、私自身に『逃げるな』と言い聞かせる…戒めのようなものなのですね。



 …これは。
 私にとって、人との間のことでも同じなのかもしれません。



 一度形にした言葉を、無かったことには出来ません。

覆水盆に返らず

 覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)は、ことわざの一つ。下の由来から、「一度離婚した夫婦は元に戻ることはできない」、転じて「一度起きてしまったことは二度と元には戻らない」と言う意味。覆水収め難し、覆水不返(ふくすいふへん)、覆水難収、覆水不可収とも。

 太公望が周に仕官する前、ある女と結婚したが太公望は仕事もせずに本ばかり読んでいたので離縁された。
 太公望が周から斉に封ぜられ顕位に上ると、女は太公望に復縁を申し出た。
 太公望は水の入った盆を持ってきて、水を床にこぼし、「この水を盆の上に戻してみよ。」と言った。
 女はやってみたが当然できなかった。
 太公望はそれを見て、「一度こぼれた水は二度と盆の上に戻ることはない。それと同じように、私とお前との間も元に戻ることはありえないのだ。」と復縁を断った。

                 【Wikipedia:『覆水盆に返らず』より】



 …故事の通り。
 言葉は、相手の中でしっかりとした形をもって残るのです。



 私は…そうして、相手の中に出来た形と確執が起こることを恐れ。
 決定的な破綻が起きないよう…。
 良く言えば、物腰柔らかく。
 悪く言えば、掴み所の無い言葉を選んで話しています。

 ただ…。

 こうして話す言葉だからこそ、相手を傷つける事も。
 なぜなら、こうした私の態度は、相手に理解されないように意図的に避けている…とも言えますから。

 相手を理解せず。
 相手に理解させず。
 
 それで距離を詰めること無く、なんとなく良い関係を築く。
 何をもって『良い』とするのかは、判断の分かれるところだとは思います。
 ですが、これも一つの在り方ではあるでしょう。

 

 …あるのでしょう、が…。



 それは相手への誠意のある態度といえるものなのか…そんな疑問は感じます。
 こんなことを口にすれば、『なんで、そんなことを言うのかなぁ…』という呆れが返ってくるかもしれません。
 あるいは怒られるかもしれません。
 その関係を作った当人である私が言うべきでない事ですから。

 それを敢えて口にするのは…言ってみれば『呵責』…でしょうか。
 相手を傷つけてはいないだろうか。
 相手を騙すようなことをしてはいないだろうか。
 それは、どうでもいい相手であれば意識しないであろうものです。

 …実は、これが私には怖いのです。

 それというのも…過去に、こうしたことで行き違いがあり。
 以降の私は、絵やプログラムといったものへの熱を、すっかり失ってしまいました。
 当時は随分と悩みもしましたが…。
 結局、なるべくしてなったのだ、と。
 寂しくも感じていますが…今は納得しています。



 だからといって、同じことは繰り返したくはありません。
 でも…同じことを繰り返してしまうかもしれません。



 鉛筆で書いて、消しゴムで消して。
 それまでが無かったことのように、新しく書いて。
 …そうして繰り返して良いものではありません。

 ペンで書いて。
 消えないそれを見せて、『こんな私でも良いのでしょうか?』と。
 相手にとって、それは無粋極まりないことなのかもしれませんが…。

 それが私なりの誠意の示し方なのです。



 …まぁ、それでも身を守ろうとするのが…私の度し難いところなのですけどね…;
 『言わないよりは言ったほうが。』
 そんな言葉も、結局は私の都合でしか無く…。
 …って、そんなこと言ってたら、何処まで行っても結論なんて出ませんね;

 私が決めるべきこと。
 相手が決めるべきこと。
 その領分を守ること。

 それを弁えなければ…私は本当に何もかもを失ってしまうでしょうね…。

 誤解なく、なんてことがどれだけ難しいことであるのか。
 それを知らない訳ではないのに…。
 理解していないのが私なのです。

独り言 その壱千参百参

 大きいだけの鈴蘭です。

 出勤準備を進めている途中。




 アズールレーンの公式生放送の告知を見つけ、何の気は無しに覗きに行った鈴蘭です。

 告知にある『謎の新情報』とやらにも興味があったのですが…。
 そもそも、ネットワークゲームの公式番組というものが、一体どんなものなのか…私はPSO2の生放送以外を知りません。
 いい機会ですし、見てみるのもいいかと思ったのです。

 比較するものでもないのかも知れません。
 『他がこうだったのだから』で、同じ何かを求めるのは違うとも思います。
 でも…。
 そもそも今の私は『これしか知らないから、これが一番』という状況です。
 それは『当人が納得しているなら良いんじゃない?』ということの一つですが。
 在り方として、『より良いもの』を望むのであれば…。
 知るべきなのですよね。
 より多くを。



 まぁ…。



 何をするにもトロいので、あれもこれもは出来ません。
 たとえ、ゆっくりでも一つ一つ。
 その中で、僅かでもモノにできるのであれば、私には大成功というものでしょう。



 …などと考えつつ、インスタントコーヒーを淹れ、パンを取り出して朝食を準備。
 さて、席に着いてさっさと片付けるか…というところで。



 アズレン公式『ボトムズとコラボします!』



 …おー、ボトムズと…。



 …。



 え、ボトムズ…??



 何かを求めて戦場に来る者。その日の飯にありつくために引き金を引く者。理想のために戦う者。そして、硝煙と死臭の中でしか生きられない俺。
 ここは、神の住処じゃない。
 ただの瓦礫の山だ。
                 『ボトムズ名言集』より






 両者には『戦争』を扱った作品同士という共通項はありますけど…。
 アズールレーンとボトムズを並べて語るって…こう、なんというか…。
 『世界観とか大丈夫?』という心配が…。

 キャラクターを前面に押し出しているために、キャラクターにネガティブな要素が組み込めなくなっているアズールレーン。
 非情であるはずの戦争であっても、そこには必ず『救い』があります。
 ゲームシステムにおいても、シナリオにおいても…キャラクターの不可逆的な『死』というものがありません。

 手塩にかけたキャラクターを死なせてしまえば、もう戻らない…。
 そんなシステムでは、私のようなゲームが下手な人は怖くて遊ぶことができないでしょう。
 こうした『救い』は、批判すべき甘さなどではなく…愛すべき良さであろうと思います。

 その一方で…。

 ボトムズという作品は、その対極だと思うのですね。
 戦場とは非情なものであって、そこに救いなどない…という。



 スーパーロボット大戦みたいなゲームもありますし、両者を並び立たせる方法はあるでしょう。
 しかし、そうしたものが今のアズールレーンを楽しんでいる人たちに受け入れられるかは…また別の話だと思います。

 実際…どうなんでしょうね?
 私個人としては、世界観が合うものなのか…不安があるのですが。
 好意的に受け止めている人って、多いんでしょうか?

 アズールレーンでは、命を道具と考えているかのような絶対悪的な存在がいるので、それと絡めれば面白い話も書けそうではありますが…。
 匙加減が難しいようにも思います。
 オリジナルを大事にすれば、アズールレーンの中で異質の存在のまま浮いてしまいますし。
 かと言って、アズールレーンの世界観に合わせてしまっては、コラボの意義が薄れてしまいます。
 キャラクターの絵が違うだけで、やってることはいつもと同じ…というのでは、ユーザーに呆れられてしまいかねません。
 ユーザーに広く『やってよかった』と思わせるには、何かしらの工夫が必要になるでしょう。

 これはコミケの時に聞いた噂ですが…。
 運営はマジンガーだったかのファンで、コラボを希望してる…なんて話を耳にしたことがあります。
 その時は、その場にいた人たちで『まさかしないでしょw』と笑い飛ばしていたのですが…。
 こうしてボトムズとコラボしたことを思えば。
 何れは、合体ロボや超合金ロボがアズールレーンに登場するのかもしれませんね。

 …いや、それはそれで…面白そう…かも?

 ネプテューヌとのコラボでは、『上手くまとめた』という評価を耳にしています。
 そんな運営の手腕に期待…でしょうかね;



■今日のニークス

 んー…。

 此処しばらく。
 スプラトゥーン2での鈴蘭は、解説動画を見て、試し撃ち場で標的相手に狙いを定める練習をして、実戦で腕試しをして…ということを繰り返しています。

 …しかし。

 自省…というのでしょうか。
 こうしたときには、過去の自分を振り返って、何が良くて、何が悪かったのかを検証・確認するのが最善なのですが…。

 何をしたから良くなったのか。
 何をしたから悪くなったのか。

 そのサインを見逃さないことが大事だというのに、鳥頭の私は直ぐに忘れてしまうのです。
 このために、同じところを飽きもせずにグルグル、グルグル…。
 進歩というものがありません。
 流石に、馬鹿の私でも『これはいけない』と思うようになり。
 何か手立てを…と考えながら、解説動画を見ていて…。



 …あぁ、自分のプレイ動画を撮って、それを見返せば良いんじゃ?



 自分を客観視するのに、これ以上の手はないでしょう。
 幸いといいますか…。




 Switchには、標準でゲーム画面のキャプチャ機能がついています。
 動画撮影にも対応しており、『あ、今の撮っておこう』と思ったところでボタンを押すと、30秒前から現在に至るまでの動画を作成してくれるのです。

 これはこれで便利な機能ではあるのですが…。

 いかんせん、録画時間が30秒だけ…というのがネックです。
 練習中の見返しには十分でしょう。
 しかし、実戦の中でのポイントを見返すには録画時間が短すぎます。
 見返すべきポイントを心得ていないことには、そもそも動画を残せないのですね。



 …これは、何か考えたほうが良いのかなぁ…。



きゃぷちゃ(´・ω・`)
 サイトを巡ってみると、『実況者御用達』みたいな機械もあるようです。
 こうした機械を用いれば、実戦のすべてを録画し、それを見返すことも出来るでしょう。

 うーん…。

 PS4の購入は『ボーダーブレイク』や『戦場のヴァルキュリア4』をターゲットにして、キャプチャ用の機械の購入を検討してみましょうかねぇ…;

独り言 その壱千参百弐

 大きいだけの鈴蘭です。

 一時に比べ、寒さの緩んだ大阪ですが…。




 全国的にはそうでもないらしく。
 日本海側では記録的な大雪が降るなど、大荒れの天気が続いているようです。

 先週は、アズールレーンで話していた人が、実は遭難中だった…なんて事もあり。
 画面の向こう側にだけある、遠い世界の話ではないのだなぁ…と、思ったものですが…。

 昨日のことです。

 日頃から良くして頂いている友達が、山中で吹雪に遭って動けなくなる…ということが。
 幸い、アズールレーンのチャットができる状況でしたし、すぐにどうこうなるような深刻な事態に陥っていないようで一安心。
 …しかし、先がどうなるかなんて分かりません。
 福井での大雪で車中に缶詰になった人たちの中には、体調を崩す人も少なくなかったと聞きますし…。
 この方が心配な状況であることには、変わりがありませんでした。

 最近の車は燃費性能も良く、アイドリング状態で1日放置するくらいは問題ありません。
 そうして暖房をかけ続けて、暖かい車内で救助を待つことも出来るのですが…。
 JAFや自治体のサイトを見ると、大雪で立ち往生した際には、車のマフラー(エンジンの排気口)付近の雪かきをするよう指導しています。
 これは、雪がマフラーを塞いでしまうことで一酸化炭素が逆流して車内に充満する危険性があり、車内の人が一酸化炭素中毒になるのを防ぐ為。
 エンジンをかけたまま雪の中…というときに注意すべき事なのだそうです。

 最近は大雪が続いたために、マフラーの雪かきのことを思い出す人は多いようですが…。
 その一方で。
 意外と、こうした時に『二酸化炭素中毒にも注意すべき』という事は知られていないようですね。

 まぁ、これは車に限ったことでは無いのです。
 気密性の高い部屋に長時間居れば、自身の吐く息で二酸化炭素の濃度が上がります。
 こうして二酸化炭素濃度が高くなっていくと、やがては意識障害などの症状を伴う二酸化炭素中毒にかかる危険性があるのですね。
 外は寒いから…と、車の窓を長時間締め切ったままだと健康を害してしまうのです。

 今回のように吹雪の中での立ち往生では、対向車や後続車に轢かれる可能性があるので、無闇に車外に出るのも危険ですが。
 こうした時は寒くても少し窓を開けて、換気するのを忘れないようにしないといけなかったりします。

 …と。

 お話を伺い、慌ててこうした事を調べたりなんなり。
 それで私が何か出来るわけでもないのですが…だからこそ、『大丈夫』ということを裏付ける何かが欲しかったのかもしれません。
 そうして気を揉んでいる内に…。
 ふと時計を見ると、既に数時間が経ってしまっていました。

 さっき見た天気予報では、そろそろ雪も止む頃の筈ですが…。

 そこで、開きっぱなしのアズールレーンのチャットログが流れているのに気が付き。
 ツラツラと遡ると…。
 当人の『下山しました』の文字。



_(:3」∠)_
…よかったぁ…。




 私はこの世の全ては『無常』と考えています。
 どんなことにも、人の都合などお構いなしに終わりが来る…『そういうもの』という理解をしています。
 しかし…『そういうもの』として受け入れられるような、後悔のない生き方をしているわけではありません。

 …というか、私の場合…後悔ばかりです;

 人との繋がりは…いつ、どこで切れてしまうものか分かりません。
 『一期一会』『会者定離』という言葉は、悲観的にも聞こえてしまいますが…決して有り得ないこと、ではないのです。
 まぁ、それだというのに…私は、なんともぞんざいに扱っていますからね;
 そのつもりがなくとも、そうなってしまう…ダメな人間の典型な私なのですよ。



 …というところで、考えすぎてしまう私です。



■考えすぎ?

 対人関係の経験値にの乏しい私にとって…。
 人に何かを伝える、というのは本当に難しい。
 …そう感じます。

 此処でこうして書いているのは、私が思いついたことを、特に脈絡もなく書き連ねているもの。
 その全ては、自分が自分に対して発する言葉で。
 お互いが、お互いの言わんとしていることを分かっていることが前提となっている言葉です。
 なので、こう…ブログである以上、誰かに読んでもらうことを意識している…と言っても、『相手に理解させるように伝える』という意識が薄いのです。

 …いえ、薄いのだと思い知った、というのが正確ですね;

 井戸の底で世界の広さを語るかのような人間のこと。
 ハナから、ウミガメ(※)が語る本当の世界の広さなど頭にないのです。



 

 ある古井戸に一匹の蛙が住んでいた。
 蛙が井戸のそばで遊んでいると、一匹の海がめに出会った。
 蛙は得意げに海がめに言った。

 「僕が住んでいるこの井戸は楽しいとこだよ。 井戸の縁からジャンプして遊ぶんだ。 ひとしきり遊んで疲れたら井戸の中の壁の窪みで休めばいい。 鼻だけ出して、水にぷかーと浮かんでいるのも悪くないね。 やわらかい泥の中を散歩するのなんて、ほんと最高だね。 他の、蛙やオタマジャクシは僕にはかなわない。 なんてたってここは僕の井戸なんだから、自由自在なんだ。君もいつでも遊びに来てよ」

 ところが、海がめが井戸に左足を突っ込んだだけで、もう右足はつかえて入らない。
 彼はためらって後ずさりすると、海について蛙に語った。

 「海はどこまでも広くて、どこまでも深い。 昔禹王の頃、10年間に9年もの間、大雨が降りつづいたけど、海の水はほとんど増えなかった。 それから後湯王の頃、8年間のうち7年間もひでりが続いたけど、海の水はちっとも減らなかった。 海に住むのはほんとに楽しいよ」

 蛙はびっくりして、口もきけなかった。

                      【荘子・秋水】





 内へ内へと考えを向けていくうちに…不必要に言葉を飾る癖がついて、いつの間にか人のための言葉というものを忘れてしまったようです。
 他人に自分の考えを形にして伝えるためにある言葉だというのに…。

 中身のない人間は言葉を飾りたがるといいますが…全くその通りです;

 誤解なく伝えることこそが大事なのですから、簡潔、明瞭…それでいいですけどね。
 中身がないと思い込んで…一人で不安になって、言葉を足して。
 それが間違いでした。



 見栄なんてつまらない。



 …そう考えているはずなのに。
 此処での独り言も、だんだんと…。
 そんな風にも思えてきます。

 自分に出来るであろう、数少ないことで後悔はしたくありません。
 出来ることなら、ちゃんと…伝えられるものは誤り無く伝えたいものです。

 そうでなければ…。

 有り難いと思っていたはずのものまでも、失ってしまうでしょうから。

独り言 その壱千参百壱

 大きいだけの鈴蘭です。




 …あぁ、今日ってバレンタインでしたか…。
 チョコレートが売られているのを街で見かけ、その時期だという認識はありましたが…そうですか、今日でしたか;

 私には人と物をやり取りする習慣が無いため、どうしても…こうしたイベントに疎くなってしまいます。
 

アリストテレスは『国家』において、人間は「zoon politikon (ポリス的な動物)である」と述べた。
人間というのは、自己の自然本性の完成をめざして努力しつつ、ポリス的共同体(つまり《善く生きること》を目指す人同士の共同体)をつくることで完成に至る、という(他の動物には見られない)独特の自然本性を有する動物である、ということを述べた。
                   【Wikipedia:社会的動物



 贈り物というものが、人と人との関係をより良くするためのツールであるならば。
 そのツールの扱いを知らない私は、社会的動物失格…というところでしょうか?

 …そう言われると納得してしまうような…ショックなような…。

 この手のイベントに無関心であったために、自然と…という感じで。
 ことさら避けようと思ってなったわけではないのですけどね;



 ところで、イベントといえば…。
 去年のクリスマスのこと。



 折角なので、日頃お世話になっているフレさんに、クリスマスのプレゼントを…と考えた鈴蘭でしたが。
 こうしたときに、何をプレゼントするのが良いのかは難しいところ。
 何を贈ったものか…考え込んでしまいました。

 お金を渡して『何かの足しにしてください』というのは実用的ではありますが…。
 社交辞令で贈るお歳暮やお中元ではないのですし、個人的にはちょっと無粋にも感じます。

 欲しいものが分かっているなら、それそのものを贈ることも考えられますが…。
 それが高いものであったりすれば、贈り物とするにも相手に遠慮されてしまうかもしれません。

 定番の何か…それこそ花束のようなもの…は、当たり障りがありませんが…。
 当たり障りが無いということは、結局は形だけのものとなり…相手の事を何も考えていないのと同じにもなってしまうでしょう。

 相手との関係によって、相応しいもの…というのは変わります。
 自分にそのつもりがなくとも、贈り物で相手に誤ったメッセージを送ってしまっては、元も子もありません。
 ちゃんと考えて、出来ることなら喜ばれるものを…と。



 これは、傍若無人の私には難しい問題です。
 


 …取り敢えず、クリスマスらしくする為の必須アイテムを手にしなければ始まりません。
 早速、公然とアークスの横流し品が扱われているお店に行き…。

これな…(´・ω・`)
                       (C)SEGA

 うん、ありましたありました。



 プレゼント用の箱を買い求め。
 トナカイさんはミッションを開始しました。

 いざ、留守宅へ侵入…。

 こうしたとき、トナカイさんの姿は好都合ですけど…。
 玄関から入るのは、どうなんでしょうね…これ。
 まぁ、煙突から入るにしても、肝心の煙突が無いのでは選択の余地もないのですが。
 リアルじゃ不審者判定不可避ですよね…。

 …って、馬鹿なことを考えてないで、プレゼントを置きましょう。
 家人が帰ってくる前に引き上げねば、トナカイでありながらクリスマスの夜をブタ箱で過ごすことになってしまいます。



 箱を置いて…っと…。



 …。



 …えーっと…。



 『クリスマスギフト』ではなく…『クリスマスプレゼント』の方だったんですね…これ;
 相手のお宅に置いたところで、中身を選択するアナウンスが出ずに操作が終了してしまって…。
 そこで初めて間違いに気が付きました。

 こんな…箱だけ、というのでは家具テロと変わりません。
 でも、かと言って、ここで改めて箱を置くのは相手に迷惑でしょうか…。

 どうしたものか、しばらく考えて…。
 
 『このまま、間抜けを晒すのが私らしくもあるか…;』と結論を出し。
 箱だけを置いて、お暇した鈴蘭です。



 …思えば、変なものですね。



 私が相手に贈るとき。
 相手に使ってもらいたいと考えて、プレゼントを選んだわけですが。
 それはきっと、相手が私に贈ってくれるときも同じこと。

 私がきちんと受け取って、初めて相手の気持ちに応えることになるのです。

 …それは、私にも分かっています。



 でも…。



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                       (C)SEGA


 こうして贈られたプレゼントの箱は…。
 私には勿体なくて開けられません;

 私に贈られたという、この形。
 私のことを考えてくれたという、この形。
 他の誰でもない、私のための、私だけの形です。

 開けなければ気持ちに応えられません。
 ですが…。
 開けて、この形が失われてしまうのを惜しいと思ってしまいます。

 この形に意味があるわけではないのは、承知しているのですけどね;

 でも…この形を通して、見えるはずのない時間をみているような気持ち…とでも言えばいいでしょうか。
 目の前に、此処に至るまでの時間が形になっているようで。
 開けなければ、それがずっと続いてくれるかのような…そんな感覚があるのです。



 これも、私が臆病な人間であるからこそのことかもしれませんね。
 相手との関係に自信があれば、こんなことを考えはしないでしょうから。



 …ああ。
 もしかして…あの開けられない『クリスマスギフト』は、こんな時のために…?
 …というのは穿ち過ぎですかね;




■追

 この一週間の記事は、ちょっとアレでしたね…。
 読み手のことを考えない内容が続いてごめんなさい。
 変な方向にスイッチが入ってしまったようです。

 昨日の記事に関しては、誤解が出来そうだったので…イレギュラーですが、今日になって修正している部分があります。
 それでもわかりにくいかと思いますが…;

 私としては、基本無料であれば代価は必要としなくとも、そこに傾けられた技術なりを評価して、それぞれが相応しいと思う対価を支払うのが良いのではないか…ということを言うつもりでした。
 


 いつも通りといえばいつも通りの私ですが。
 いつも通りとはいえない私でもありました。
 今週は、明日から3連休。
 ゆっくりと休んで…少し、自分を落ち着かせようかと思います;

独り言 その壱千参百

 大きいだけの鈴蘭です。



_(:3」∠)_
…つかれた。




 …このアスキーアート、入力システムにGoogleを使っているなら『たかざわじゅんすけ』からの変換で出すことが出来ます。
 最近目にするようになったので、気になって由来を調べてみたのですが…発祥不明のAA(アスキーアート)で、これ自体に『(´・ω・`)』のようなネガティブの意味合いを持つ特別な過去は無い模様。
 見たまま、受け取ったままのキャラクターのようです。

 この…だらけた姿は哀愁を感じさせますが…何処かコミカルで、悲壮感は感じません。
 いえ、むしろ…愛らしいと言うべき姿でしょうか…?

 …昨日の記事ではアレコレ書いて…正直、自分が自分であることの心の要である『結び』を解いてしまった感じになってしまいました。
 あれを書いた後、軽く鬱になって…リアルに『たかざわじゅんすけ』状態でしたよ…;
 


 …まぁ、ともあれ。



 ああして書きましたが…。
 私は、それで相手に何かを求めている訳ではありません。

 『だから、あなたに』ではなく。

 『改めて、あなたと』と。
 
 肝心の自分自身が曖昧なので、きっと分かりにくいことでしょうが…。
 たとえ僅かなものであっても。
 私と何かを共にしようと思ってくれることに感謝している気持ちに、変わりはなく。
 私は、私なりに…これを大事に思っています。



 この広い世界で偶々出会い。

 言葉を交わし、遊ぶ関係になる。

 …それは、望んだからといって、簡単に得られるものではない…これ以上はないであろうものなのですから。



■今日のニークス



 アズールレーンでは、新しいイベントが始まり。
 それに対応した建造(ガチャ)が配信されました。
 毎日それなりにゲームをしていれば、私のような微課金のユーザーでも結構な回数を回すことが出来ます。

 ただ…何分、全ては乱数の気分次第。

 回数を回したからと言って、望みのものに手が届くとは限りません。
 幸いなことに、私は今回のイベントで先行配信された3人について、次のイベントに影響しない範囲の出費で確保が出来たのですが…。
 ゲーム内のチャットを見ていると、こう…『出ない出ない』という嘆きを目にします。

 これに関して、当の運営が忠告をしていまして…。



 あまり引きすぎないように、と。



 アズールレーンは、PSO2と同じく基本無料のゲームです。
 どちらも、無料で遊べる範囲が広く…課金をせずとも十分に楽しむことが可能です。

 積極的に課金して、ゲームの攻略を進めている人に比べれば微々たるものですが…。
 楽しませて貰っている対価として、私も課金しています。
 パッケージ版のゲーム一本分くらいを目安にして、月額で言えば…アズールレーンだと4,000円くらいでしょうか。
 十分に楽しませて貰っているので、もう少し出しても良いかな、とは思うのですけどね。



 こうした課金に関しては、個人個人で色々と考えがあろうかと思います。
 ただ…。

 『基本無料だから、課金しなくても良い。』

 …そうした言葉には、首を傾げてしまう鈴蘭です。



 芸術…創作物というものは、生きる上では必ずしも必要とはされません。
 それは、心を豊かにし、生き方を変えてくれるものではありますが…。
 その価値というものは、有って無いようなもので。
 どれだけ優れた作品であろうとも、見る人が変われば、評価が変わってしまうものです。

 …そう、そうしたものだからこそ。

 自分が受け取ったものに対して、正当な評価…というものを示すべきかな、と。
 そんな風に思うのですね。

 これは日本だけのことなのか、私には分かりませんが…。

 形のあるものに対しては評価をし、代価を支払っても。
 形のないものに対しては評価せず、対価を支払わない傾向にあるように思います。
 それは…よく『技術者軽視』なんて言葉で語られている問題と同じ脈絡です。

 代価:品物の買い手が売り手に支払う金。

 対価:他人に財産・労力などを提供した報酬として受け取る財産上の利益。



 こうした傾向は、芸術や…サブカルにもあると感じます。
 サブカルも…結局、商品化されて形になったものに代価を支払っているだけで。
 必ずしも、それを作るための技術を評価し、対価を支払っているわけではないように見えるのです。



 …そして。
 ゲームにおける正当な評価を示す方法の一つに…『課金』があると思います。



 よく…課金の程度を指して、『重課金』や『非課金』だのなんだのという言葉を耳にします。
 自分の物差しを相手に当てて、代価の額が『多い』『少ない』と言うのは…まぁ、良いでしょう。
 課金の額が多い人の、のめり込んでいる姿に危うさを感じなくもありませんし。
 課金の額が少ない人の、不自由している様子には同情を感じなくもありませんから。

 ですが…ゲームに対する評価の尺度は、人それぞれに違うのです。 
 対価が『多い』『少ない』ということで、その人のゲームへの姿勢をあげつらう事はないと思うのですね。

 その人が、それだけの価値があると思って出したのであれば…多かろうが、少なかろうが、それで適正なのです。
 無論、浪費はすべきではありません。
 しかし、それならば…対価は少ないほうが良いのでしょうか?

 …そうではないでしょう。

 正当に支払われるべき対価までをも『浪費』と捉えてしまえば…。
 私たちは、私たちが好もしいと思う何もかもを失ってしまいかねません。

 少しでも、それを大事と思うのであれば。

 私たちは、私たち自身のために評価し、適正な対価を支払うべきなのです。








 他人の『多い』や『少ない』ではなく。
 自分の『損』や『得』ではなく。

 自分の手にしているお金は、何に対して使えるものなのか。

 好きなものの為に、それを考える必要があるのではないか…と。
 そんなことを思った鈴蘭です。

独り言 その壱千弐百九拾九

 大きいだけの鈴蘭です。


 私の仕事は某運送会社の伝票や顧客情報の管理が仕事で。
 日々、各地から決算書や稟議書、契約書などが送られてくるのですが…。
 かれこれ、もう一週間近く…福井県からの書類が届いていないのですよね。

 過去に、洪水や地震によって届かなくなるということはありました。
 しかし、こうも長期間、しかも大雪が原因で…というのは記憶にありません。
 豪雪地帯の富山などであれば、元々の備えがあるためか、大雪の日でも予定通り…それこそ誤差1時間以内のレベル…に書類が来るのですけどね。




 …むぅ。

 雪がそこまで降らない地域での大雪で、除雪のための人員も設備も足りない、というところでしょうか。
 実際、除雪の現場では作業の過酷さから、作業員の中に負傷者が出始めています。




 天気予報では13、14日と、また寒くなる上に天気が崩れる見込みだとか。
 特に13日は強い冬型の気圧配置に覆われ、日本海側では大雪の恐れもある…と。
 
 この様子だと…都市部の除雪で手一杯で、山間部の集落の除雪とか、全然間に合ってないんじゃないかと心配になるのですが…どうなんでしょうね…。

 アークスなフレさんの中に、福井にお住まいの方が居て…先日の褐色集会にも、おいでになられていたのですが。
 雪かきで疲れて、ぐぅの音も出ない…という様子でしたね;

 しかし、『家に居るだけマシ』という…そんな話も。

 アズールレーンでチャットした(心機一転して臨んでいる)指揮官の中に、福井の方がおられ。
 その方とは、金曜の朝に話したと思うのですが…。

  ????『山間部で大雪に遭い、車が立ち往生して既に三日目』…と。

  鈴蘭『…いやいやいや…それって遭難じゃ…?;』

 ゲームなんかしてる場合じゃないんじゃないでしょうか;
 携帯が使えるなら、救助を要請したほうが…。
 しかし、詳しく聞くと『近くに集落があり、そこの公民館に避難できたので』とのこと。
 どうやら、すぐに命に関わる状況では無いようで、ホッとしました。

 しかし、改めて考えてみると…。

 事故や災害の当事者と、リアルタイムで意思疎通が出来るというのは…時代は変わったものだなぁ…と、妙に感心してしまいます。
 災害現場での被災者の消息は、誰もが知りたい情報ですが。
 かつては、なかなか得られないものでしたからね…。



 今回は、いい知らせで何よりのことでした。
 でも…災害現場からは悲しい知らせも入ってきてしまっています。

 …できれば、これ以上の被害が出ないことを願うばかりですね…。



■考えすぎ?

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                       (C)SEGA

 先日、ご無沙汰していた方とWISした時のこと。
 その人は『こうしてみると、実際に会ってみたいと思える人もいるかな』といったことを話されており…。
 その言葉を、少し意外に思った鈴蘭です。

 何故かといえば、その人は以前から『仮想から進んで、現実でも関係を結ぼう』…という考えに否定的で。
 『オフ会』などの催しを嫌っている印象があったのですね。

 それが何かをキッカケに変化した…。

 果たして、一般論で『良いこと』なのかは知りません。
 …ですが。
 少なくとも、その人が変化を好意的に受け止めているのであれば…『良いこと』と。
 そう思い、喜びを覚えた鈴蘭です。



 …しかし。
 翻って、私がそうした関係をどう見ているかと言えば…『やりたい人は、やれば良いんじゃないかな』という感じでしょうか。
 人との付き合い方なんて、人の数だけ違うのです。

 決まった形に収まらなければ、正しくない。

 …そう言い切れるものではないでしょう。

 他の人と違うから。
 他の人と同じだから。

 それは他人を理由にしたもので。
 自身の好悪とは違うものです。
 その基準で全ての事が決まるのなら、人の個性など必要なくなってしまいます。
 たとえ他人とは違う考え方であっても。
 ただ『違う』ということを理由に、否定することはないと思うのです。

 望む人が居て。
 それに応える人が居る。

 それ以上でもそれ以下でもない。
 そこに外野が余計な口を挟む必要など無いのです。



 …と、ここまで書いたところで。
 最近の自分を見て…少し思うところがありました。 

 いつものように、考えすぎなことを…とも思ったのですが。
 これ以降は、ゲームとは一切関係ないと言えば関係ないことですが、私の価値観について書こうと思います。
 逸脱していることは常からのことですし、『今更?』と思われるかもですが…。
 こうした内容を求めていない方もおられますから。

 …この先は、追記に書くこととします。



独り言 その壱千弐百九拾八

 大きいだけの鈴蘭です。

 今週は2月の第2週。
 この土曜には、恒例の褐色集会が開催されました。




 『随分と人が減ってしまった』という嘆きも聞こえる、昨今のアークスシップですが…。
 そうした世相とは関係なく、今回も多くの方にお越し頂けました。
 



 最近…。

 これまでは一人で遊んでばかりだった私が、ネットワークゲームで他人が遊んでいる様子を見るようになったことで、改めて気が付いたのですが。
 私という人間は、何かを『好き』という…その熱量が、人に比べてかなり少ないのではないかな…と。
 そんなことを感じるようになりました。

 それは、アズレンにしろ、モンハンにしろ。
 …そして、この集会を見ていても同じ事で。

 何かを好きになること。
 好きなことに夢中になること。

 そこに傾けられるエネルギーが、人ばかりではなく…あらゆるものを動かして熱を放っています。
 いえ…熱ばかりではなく、私の目には光すら放って輝いているかのようです。
 その様を見るにつけ…。

 自分の熱は何処にあるのだろうか。
 自分のこれは、熱と呼べるようなものなのだろうか。

 …そうした、不安にも似た疑問が浮かんでくるのです。



 最近、アズールレーンで『夕立』というキャラクターが気に入っているのですが。




 …この子を見ていると、実家で飼われていた犬を思い出します。



 でも、不思議なんですよね…似ているところなんて何もないのに…。



 その子は、ウチで飼っていた犬の中でも一番大きな犬で。
 怒って吠えるようなことも、何かをせがむようなことも、嬉しそうにすることもなく。
 飼い主でも何を考えているのか分からないほど、無愛想で…本当に『夕立』とは真反対の、喜怒哀楽を見せない犬でした。

 ただ…。

 今思うと、あの子は何時も私の傍に居たのですよね。
 静かに、寄り添うかのように。

 もしかすると…あれが、あの子の…。



 …って、あぁ…。



 なるほど。
 私と人とが違うことに不安を覚え。
 私は『好き』であるはずなのに、もしかして『好き』ではないのではないか。
 …そうも思ってしまっていました。

 しかし、私の持つ熱…『好き』というものは。
 人を照らすような強い輝きを持つものではなく…。

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                     (C)SEGA

 何かに寄り添うような…静かなもの、でしたか。



■考えすぎ?

 凡人中壽七十歳、然而趨舍指湊、日以月悔也、以至於死。
  凡そ人の中寿は七十歳、然り而して趨舎指湊(すうしゃしそう)、日よりして以って月となれば悔やみ、以って死に至る。

 故蘧伯玉年五十而有四十九年非。
  故に蘧伯玉(きょはくぎょく)は年五十にして、四十九年の非有り。



 五十歳になってはじめて、これまでの人生である四十九年間の過ちを悟る。
 人生を振り返り反省してみると、後悔だらけである。



 淮南子(えなんじ)という、古代中国の思想書の第一巻『原道訓』にある一説です。
 
 文中の『蘧伯玉(きょ はくぎょく)』という人は、孔子が尊敬していたという衛の国(現在の河南省の一部)の大臣で。
 儒家の始祖とされる孔子をして、この人を指し『君子なるかな蘧伯玉』と言わしめたという…大変に出来た人だったそうです。



 その二人に関して、こんなエピソードがあります。



 孔子の元に、蘧伯玉からの使者がやってきました。
 その使者の身分は低く、本来であれば孔子に直接会えるものではなかったため、孔子の家の使用人に用件を伝えて帰るだけの筈でした。
 しかし、尊敬する蘧伯玉からの使者ということで、孔子は直接会って話がしたいと思い、引見することにします。
 …その席上でのことです。

  孔子『最近の貴方のご主人のご様子は、如何なものでしょうか?』

  使者『主人は過ちが少なくなるよう努めておりますが、まだまだ出来ていないと、慎み、努力しておられます』

 この使者の答えに、孔子は『主人を貶めること無く、また、同時に私を思いやって謙遜するとは…』と、出来た人の元には、それに相応しい人が集まるのだ…そんな感心をしたのだとか。



 冒頭に挙げた文は、五十歳になった蘧伯玉が自身を振り返って、これまでの人生を後悔しているものですが。
 孔子と使者の遣り取りの中で、使者は蘧伯玉の事を『まだまだ出来ていないと、慎み、努力して…』と述べているように…。
 蘧伯玉は、過去の過ちを後悔するだけではなく、『これまでの後悔を経験として活かして、これからを変えていこう』と考え、それを実践していました。
 後に、その姿勢は『六十にして六十化す』という故事にまでなっています。
             ※意:修養を怠らなければ、自然と年齢に相応しい姿となる。

 冒頭の文も、意味としては…

  『しかし、何歳になっても自己を改めれば向上していくことができる。』

 …と、転じて続くのです。



 人としては、底辺にある私のこと。
 自分のことなど何一つ満足に出来ない為に、後悔することは幾らでも思い浮かびます。
 加えて、蘧伯玉のように後悔を糧に前進するような事もありません。
 そんな自堕落な有様では、とても人にアレコレ言えたものではないでしょう。

 でも…。

 それでも、敢えて。
 私のようにはならないで欲しい…と、人に訴えるのは烏滸がましいでしょうか?

 私の拙い言葉で、伝えられるものかは分かりません。
 もしかすれば、言わなくてもいいことに触れるのかもしれません。
 それでも、敢えて…と。
 


久し振りに…(´・ω・`)

 ふと、空いた時間。
 
 久し振りに落書きでも…と、描画ツールを立ち上げました。

 人はストレスを感じると、そこから逃れるために無闇に手を動かしたがるものなのだそうです。
 私自身はストレス、なんて言うとネガティブに聞こえて嫌ですけどね。
 それは進んで考えたいことであって、別に忌避すべきことではないのですから。

 しかし…そうは言っても、これも、そうした行動の一種であったのかもしれません。



 何を言うべきか。
 言い過ぎはしないか。
 そもそも言うべき時なのか。

 それは誰への言葉か。
 私の為になっていないか。
 相手の為になっているのか。



 …それらを考え。
 ただただ、手を動かしていた鈴蘭です。



 しかし、久し振りに描きましたが…。
 相変わらず、歪んでますねぇ…;
 まぁ。
 練習もなしに上達を望む、私の心そのままと言えばそのままなのですが。
 それを見て、私自身考えねばならない…と、改めて感じたのです。

褐色集会開催のお知らせ

 大きいだけの鈴蘭です。

 さて。

 グダグダとした前回。
 なんというのか…ほら、布団と同じ?
 見た目には変化が見られずとも、使っている内に中にホコリが溜まり。
 それが元になって、知らず病気になってしまう…なんてこともあります。
 天気のいい日を見計らって、布団からホコリを出してやる必要があるのです。

 それを人前でやるのか、という批判はあって当然ですが…;

  ちなみに、布団を叩くのは本当は良くないそうですね。
  あまり強く叩くと、中の綿が傷んでしまうとか。
  叩いて布団から舞い上がるものは、ホコリよりも中の綿であることが少なくないそうです。
  2時間程度日干しして、掃除機でホコリを吸うのが布団にも優しい手入れの仕方。


 布団にとっての陽の光。
 それは私の場合…。
 フレさんからの言葉になるでしょうか。

 そうなると、此処でのことは掃除機でホコリを吸い取ってる感じになりますか。
 上手くホコリを吸えていると良いのですが…:



 …まぁ。
 これも犯してしまいがちな間違いです。



 自省や自制は良いことです。
 しかし、そうした考えは自身を貶める卑下に繋がりがち。
 更にそれが過ぎれば、自分を認める相手をも貶めることになります。

 私に確証や実感はありませんし。
 私は私を信じきれていませんが。
 私が私であることをやめない限りは、大丈夫なのでしょう。
 きっと。



(´・ω・`)
(つ■と)
この足が止まるのは、まだ先の話さ。




■告




 …というわけで。
 2月10日(土)には、恒例の褐色集会が開かれます。
 今回、主催のヴォルフィードさんは集会に合わせて休みが取れたとのこと。
 楽しい時間を今回も。
 そう願う皆さんで、場を作ることが出来ればと思います。



【開催日時】
 2月10日(土)
 一次会:21:00~およそ0時ぐらいまで
 二次会:0時~
 ※二次会は駄弁りメイン。下記【参加要項】の縛りはありません。

【開催場所】ship3 B228 フランカ'sカフェ
             ※少し奥のパラソルがあるテーブル席付近

【参加条件】
・種族、性別を問わず褐色であること
 褐色か否か判断が難しい場合がありますが、その場合は本人が褐色と言えば褐色キャラであるとします。
・見学も歓迎です。
 褐色キャラでなくとも見学OKとさせて頂きます。
 見学の場合は、オンラインステータスに表示する等して分かりやすくして頂けると有り難いです。
 ただし、集会イベント(集合SS撮影、緊急クエスト等)への参加は見学者の方にはご遠慮頂いております。
・ハッシュタグは「#褐色会」
 撮影したSSにハッシュタグをつけてツイッターにUPする際は「#褐色会」で統一して頂けるとありがたいです。

【注意事項】
・SS撮影は自由、公開は名前非表示で。
 基本的にSS撮影は個人で自由に行ってもらって構いません。しかし、ネット上に公開するものはキャラ名等の頭上表示を消した物をご使用願います。
 ※撮影NGの方はあらかじめフリーワードに「撮影NG」と記入し、できるだけ集団には加わらず見学者として参加して下さい。
・他人のキャラを誹謗中傷しない。
 誰しも我が子は可愛いものです。特にこういった集まりに来られる方は自キャラに愛着を持つ方が多いと思われますのでご注意を。
・緊急クエストが発生した場合は各個人にて判断し行動して下さい。
 できれば集会参加者でクエストに行きたいと思っておりますので、その際はご協力お願い致します。


皆様のご参加、心よりお待ちしております。

独り言 その壱千弐百九拾七

 大きいだけの鈴蘭です。

 今日は水曜日。
 PSO2は定期メンテナンスの日でした。

 …という切り出しも久しぶりの気がしますね;



 PSO2にバレンタインがやってきました。

バレンタイン(´・ω・`)
                        (C)SEGA

 早いですね…年が明けたと思ったら、もう一ヶ月が過ぎてしまっています。
 こうして、すぐにでも春が来て…。
 あっと言う間に夏になって…。
 気が付けば秋が過ぎ…。
 巡ってきた冬に向かって『時間が経つのが早い』と嘆くのでしょうね。

 …まぁ。

 時間の流れ方など、主観の問題です。
 それに…人は時間を『速さ』ではなく『密度』で感じるもの。
 何事も無駄にしない人にとっては、時間など止まっているかのようにも感じられる事でしょう。
 今更、私などが何を…という話です。



 …と、そんなことはさておき。



 現実においても、バレンタインのキャンペーンが始まっているのを見掛けます。
 チョコレートが並べられているのを見て、季節の訪れを感じる訳です。
 PSO2も、それは例外ではなく…



瓢箪から駒(´・ω・`)?
                        (C)SEGA




 …バレンタイン…?



■今日のニークス

 ※お断り
  内容的にネガティブなものですが…。
  愚痴のような独り言で、深い考えはありません。
  私自身が『考えを見直すキッカケにしよう』、と。
  漠然と、そんな気持ちで思いつくままに書いたものです。

  こんなものを人目につく場所に置くものか…とも思うものの。
  『ブログに書く』事で見えるものがあるか、と。

  お目汚しでしょうが…。
  それでも、という奇特な方に。




 …いやはや。



 『アズールレーン』の方は…ゲームの進捗自体は順調といえば順調ですが…。
 毎日毎日、ただただボンヤリと画面を眺めるようにして楽しんでいます。
 傍目には、『それで楽しいの?』と言われそうですけどね;

 こう…なんというのか…。

 元々、箱庭を眺めて過ごすのが好きなもので。
 私が動かさずとも、画面の中で世界が動いているのを見て、その世界の広がりを想像するのが楽しいのです。

 …しかし。

 これもネットワークゲームの一つ。
 先日もここで触れたように、せっかくチャット機能があるのです。
 ただ眺めるだけでなく、それに参加すべきかどうか…改めて考えて。

 少しくらいは参加してもみようか、と思った鈴蘭です。



 『アズールレーン』では各サーバー毎に10のチャットルームが準備されています。
 これは…PSO2で言えばブロックに当たるもので。
 それぞれに定員が設定されているために、満室となっているチャットルームには入れませんが…。
 基本的には、任意のルームへの移動は自由となっています。

 そのチャットルームに居合わせるメンバーとの会話は可能ですが、チャットルームを跨いでの発言はできませんし、違うチャットルー厶の発言を見ることはできません。
 まさに『チャットの為の個室』という感じです。

 そうした、ある種の閉鎖性が手伝ってか…チャットルームごとの定住者というものがおり。
 そうした定住者によって、それぞれのチャットルームで好まれる話題というものが、ある程度の傾向を持っているようです。
 明文化した決まりがある訳ではなく、人の入れ替わりで変化もするものなので、そこまでシッカリしたものでもないようですけど…。
 逆にそのことから、意識してそのチャットルームの色つけをしようとしている人も見受けられます。

 何処が何を、誰が何を、というのは私には分かりません。
 取り敢えずは、入ったチャットルームで話をしてみようと思いました。



 …さて。
 話をするのは良いとして…。
 では、どうしたものか。



 何を、どうするのか…それを考え始めた鈴蘭です。
 わざわざ気負ってそんなことを考えるくらいなら、無理に話すこともないかもしれない…と、身も蓋もない考えも頭に浮かびます。

 しかし、そうはいっても考えずにはおられないのです。

 ただ話すだけで良い…というだけならばともかく。
 以前、私のような話し言葉ではネットで敬遠される、という話を聞いた覚えもあり。
 考えのない私の言葉が、スルーされるならばまだしも…場を壊すような事をしてしまうこともあり得るのです。

 郷に入りては、とも言います。
 せっかくですし、『砕けた』話し方をしてみるか、と考えて…。

 …はて。

 私の『砕けた』感じとはどんなものか。
 改めて考えてみると、それがよく分からないことに気が付きました。

 相手や場に対する慣れからくる『砕けた』話し方は…『これでも相手に伝わるだろう』という、いわば身内に向けられるのに似た意識が先に立つもので。
 公の場では『ぞんざい』にも映ってしまいます。

 それは、ここで言う『砕けた』ものとは、また違うでしょう。

 私に無いものであれば、いっそ何処かから借りてくれば良いのかもしれませんが…。
 それで『らしく』なるものか怪しいものがあります。



 考えること、暫し。
 小手先のことかもしれませんが…。

 PSO2や、ここでするように『(´・ω・`)』に頼ることにした鈴蘭です。



 しかし…これが間違いでした。
 本来こうした顔文字は、ネットゲームではタブーというか…公には『忌避すべきもの』であったのですよね…;
 以前に指摘して頂いていたことではありますが、私の認識はまだまだ甘かったようです。
 …いえ、甘くなっていた、というのが正確なのかも。

 加えて、ただでさえ頭の回転の悪い私のこと。
 普段ですら『話す』と言っても、頭の中のことが言葉にならず…相槌を返すのがせいぜい。
 そこに無理に私に無いものを捻り出そうとするために、チャットに合わせられるだけの速さが無いのです。
 私の都合で話すための場であれば、それでも良いのでしょうが…。
 多くの人がいる公の場で、それは通用しません。

 相手に合わせてもらうのも、過ぎれば相手の楽しさを奪うことに通じます。
 私がルールだ…なんて無法は何処にも存在しないのですから。



 …いやはや、なんとも。



 相手を見ているようで見ていない、気遣うようでいて気遣いのない私には…こうした場は難しかったようです。
 思いつきで行動せず、私は私に戻ることにしましょう;



 思えば…この独り言も。

 いつの間にか、形になりきれない『何か』の吹き溜まりのようになってしまっていますが。
 それも結局…相手を見ていないからこそのこと。
 だから、何にもならない、何も残らない。
 ある意味、そうして出来た此処は、私に最も相応しい場所でしょう。

 そんな此処を、たまたま見てくれる人が居たことで、何かが出来るかも…と思ったのが、私の甘えでしょうね。
 それは有難く思いこそすれ、アテにするようなものではないはずなのですから。



 しかし…私にとっては、本当に不思議なことで。
 それは、いつかも感じた疑問なのですが…。
 そうした『見てくれる人』が、何を理由に存在するのでしょう?

 私は、私に何があるとも思っていませんし。
 人と比べられるようなものの持ち合わせもありません。

 相手は私に何を見ているのか。
 相手は私に何を求めているのか。

 時間を共にしてくれる人がくれるもの。
 それに見合うだけの何かが、甘えるばかりの私にあるのでしょうか…?

独り言 その壱千弐百九拾六

 大きいだけの鈴蘭です。



(´・ω・`)
(つ■と)
…。




(((´・ω・`)))
(((つ■と)))
…うぉぉぉおぉ…。




(((´・ω・`)))
(((つ■と)))
寒いす。




 聞くところによると、今年一番の寒気が日本上空に流れ込んできているとか。
 …前に来たのを『記録的な大寒波』だとか言ってたように思うのですが…。
 どっちのが強いんでしょうね…。

 朝晩の最低気温が氷点下の毎日。
 大阪では珍しい、厳しい冷え込みです。
 明日は更に気温が下がり…最低気温が-4℃の予報が出ています。



(((´・ω・`)))
(((つ■と)))
…体感気温、何度になるんでしょうかね…コレ。




 この寒さの中。
 職場では、インフルエンザの感染者が順調に拡大中だったりします。
 現在、職員の10名あまりが自宅待機となってしまっており…。
 既に、業務を平常通りに遂行するのが困難な状況になりつつあります。
 東京の事務所は、大阪よりも更に事態が深刻で…やむを得ず、通常業務の断念を決断したと聞きます。

 これ…やっぱりシワ寄せがコッチに来るんでしょうかねぇ…;



(((´・ω・`)))
(((つ■と)))
マヂ忙しいんは勘弁…。




 まぁ、今週と来週は木金土の3連休がもらえる予定ですし…。
 この忙しさに一息つけもするでしょう。

 …それまで、もう少し。
 寒さに耐えて、頑張ることにしましょうかな;



(((´・ω・`)))
(((つ■と)))
…。




(((´・ω・`)))
(((つ■と)))
PS4買おうかなぁ…。




 …寒さからの逃避か…。
 何やら余計なことを考え、皮算用を始めたトナカイさんです。



■今日のニークス

 対人戦における、私の悩みは晴れませんが…。
 ゲームを遊びたい気持ちに変わりはなく。
 不器用に足掻き続けるのが私の『らしさ』かな、と。
 …そう考え、スプラトゥーンの世界に潜り込む毎日な鈴蘭です。
 


(´・ω・`)
(つ■と)
 快晴よりも、花曇り。




 悩みが晴れるに越したことはありませんが。
 曇り空の自分が『おかしい』と思ってしまうのも問題です。
 曇り空にあっても晴れやかに。
 そう気を持ち続け、曇り空と上手く付き合う方法を探すのが、賢明というものではないでしょうか。

 月に叢雲、花に風。

 『良い所に邪魔が入って台無しになる』…そんな意味の慣用句です。
 これは、私の好みの問題かもしれませんが…。
 一点の曇もない、晴れ渡った青空は美しいと思います。
 美しいとは思いますが…。
 そこには趣…面白さというべきものは無いように思うのです。

 澄み渡った空に浮かぶ一握の雲。

 それは、青空が晴れ渡るには邪魔なものかもしれません。
 しかし…その雲があるからこそ。

 空の高さを知り。
 風の流れを知り。
 空の青さを知り。
 空が晴れ渡った時の喜びを知る。

 …そういうものだと思う鈴蘭です。



- ◆ -




 …そんな、雲のありかを教えてくれるものの一つとなったスプラトゥーンですが…。

 PSO2でいうところの、ユニットの特殊付けに当たる…『ギア』というものが、このゲームにもあり。
 それが一つのやりこみ要素になっています。
 …とは言え、まだ初心者の入り口にも立っていない私の事。
 『何をどうすれば』などということは先の話と思い、最近までは特に考えもなく、適当にしていたのですね。

 …しかし。

 先日、フレさんから私の持つ武器について、下手でありながら敵に突っ込んでしまう私の性格から、いっそそれを逆手にとって『短~中射程の武器を使ってはどうか』といった、アドバイスを頂き。




 この、『N-ZAP89』…通称『赤ザップ』を練習し始めました。



 これまで、『N-ZAP85(黒ザップ)』を持っていたものの、なんとなく使うこともなくホコリを被らせていたのですが…。
 同系の赤ザップの使用感が、自分にとって殊の外に心地よく。
 これを、より使いやすくしてみよう、と思ったのです。

 …とは言え、『ギア』のなんたるかを知らない私の事。
 何をどうすれば良いのか、サッパリ分かりません。

 そんな自分には早すぎる事なのかもしれませんが…。
 せっかくやろうと思い立ったのです。
 何かしら取っ掛かりくらいは掴んで、今後へと繋げたい…と。
 珍しくやる気になっている内に、参考にできそうなものをネットで探していたところ…。



 プロゲーマー芸人こと『裏切りマンキーコング』さんの動画で、同じ赤ザップを使っている動画を見つけ。
 その中で、悩んでいた『ギア』の構成が出ていたのです。

 今の私に、これの意味するところは理解できていませんが…。

 上手い人をお手本に、形から入るのも良いか…と考え。
 先のTwitterの写真にあるように、動画に近い構成の『ギア』を準備した次第です。
 たまたま、似たような構成のセットが手元にあったので…何かを費やして『作る』ということをせずに出来てしまった、本当に形だけのものですが;

 …まずは此処から始めて。

 私らしい『私』というものを見つけることにしようと思います。

独り言 その壱千弐百九拾五

 大きいだけの鈴蘭です。




(´・ω・`)
(つ■と)
あー…。




 父が好きで、こういう遊びのある酒器とか作っていたのを思い出します。
 子供の頃は、私自身もアレコレ作ったりしてましたね…。
 豚の蚊取り線香入れに触発されて、いろいろ作りましたよ、ええ。
 …いやはや、懐かしい;



 ところで、これを見て思い出したのですが…。



 古代ローマ時代、火山によって一晩で灰の下に埋もれてしまった都市…『ポンペイ』。
 現代に考古学調査によって掘り出されるまで、灰に覆われ、灰に守られるようにして眠り続けてきた悲劇の街。
 当時の姿を今に伝えているそこに、当時使われていた水道施設が残されています。



 古代ローマ人の浴場設計技師が、現代日本にタイムスリップして銭湯と出会いカルチャーショックを受けるコメディ作品『テルマエ・ロマエ』では、ローマの浴場について語られていますが…。

 古代ローマの水道施設は、非常に高度に発達していた事で知られています。
 これは、ローマには浴場を始めとした施設を支えられるだけの水源がなく、遠方から大量の水を効率的に運ぶ為、必要とされた結果なのだそうです。

11本の水道によりローマ市に供給された水量は1日に100万立方メートル(3億ガロン相当)にもなり、1人当たり1m3/日(1000リットル)[1]と、現代の東京都民の水使用量233リットル/日[2]を遥かに凌いでいた。
                 【Wikipedia:『ローマ水道』より】



 こうした、発達したインフラ設備によってローマの繁栄が支えられていた…とも言えますが。
 実は、ローマの衰退は水道を始めとしたインフラ設備の老朽化が原因ともされており…こうした表裏一体の関係に歴史の面白さを感じさせます。

 現代の私達にとって、インフラ整備というと国や自治体が計画・管理する公共事業というイメージがあります。
 しかし、古代ローマにおいては、これだけ巨大な公共施設でありながら、建設費用は市民の寄付か貴族の私財によってのみ賄われていました。
 当時は、国がインフラを整備するという概念がなかったのです。
 国が潤っていた絶頂期に寄って集って一気に建設されたため、施設の老朽化も一気に押し寄せてしまい…。
 施設の維持ができなくなったことで国力が低下したのだ、と。



(´・ω・`)
(つ■と)
老朽化するのは分かってたろうし、少しずつでも直すべきだったんじゃ?




 …それがそうも行かなかったのです。
 こうした事態を招いた要因の一つに、当時のインフラの建設は、記念碑の建設と同レベルの認識であったことが挙げられます。
 ゼロから施設を建築し、そこに名前を残すことには熱心でしたが、補修や管理などには建設者ほどの名誉が得られないとあってか、誰もが消極的であったため、破損したものは直されずに放置する傾向にあったようなのです。
 国が主導した事業であれば、税を元に継続的に予算が組まれて維持もされたことでしょう。
 しかし、古代ローマでは貴族や市民の寄付に頼っていたため、関心が無いことには全くお金が出なかったのです。



(´・ω・`)
(つ■と)
…話が逸れた?




 いえいえ…もうちょと続けます。

 このポンペイの水道施設に、『配水塔』というものがあります。
 これは、都市の外から引き込んだ水を高所に貯め、高低差を利用した水圧で都市の各所に水を送るためのもので…。
 石造りの巨大な水槽に、3本の水道管が繋げられた構造になっています。
 この3本の水道管。
 配水塔の内部で、それぞれ違う高さに接続されています。
 これは、かつては『身分に応じて、乾季における配水の優先順位が決められていたのだ』と言われており。
 子供心に、古代の人の在り方に感動したのを覚えています。

 …しかし近年、この説は疑問視されていると聞きました。

 階級ごとに配水を制御するとなると、配水塔から伸びる水道管の構造が複雑になりすぎ、おそらく当時の技術では作れなかったであろう、ということ。
 また、古代ローマ市における水の使用量の記録が見つかり、それによると、皇帝>貴族>民衆の優先順位となっていたことが分かったそうです。
 (共和制と帝政では話が別、ではあるでしょうが)
 それらから、ポンペイの配水塔の構造は、大まかに農業用水、工業用水、生活用水の区分に分けられたものではないか…と。
 子供の頃の夢から醒めてしまったのは残念ですが…。
 しかし、その御蔭で今回の酒器を見て思い当たったのです。

 この酒器の構造。
 多分、このポンペイの配水塔のそれと同じような構造なんでしょうね。
 猫の持つ徳利の口の高さは、おそらく一合分に御猪口一杯分足りない位置にあるのでしょう。
 一合分を注ぐと、溢れた分が徳利の口から御猪口に流れるように出来ているのです。



(´・ω・`)
(つ■と)
…シンプルやけど、可愛らしい良い酒器やね。




 過去に作った経験から言うと…。

 機能的に、もっと趣向を凝らすことも出来なくはありません。
 ですが…『器』である以上、人の手で使われて、汚れます。
 汚れたものは洗わねばなりません。
 しかし、趣向を凝らして構造を複雑にすると…洗うに洗えないものになってもしまうのですよ;

 ローマの水道と同じです。

 作るとき、出来た時は良いでしょうが…。
 後のことを考えずにいては、すぐに駄目になってしまうのです。

 本当に良いものは、驚くほどシンプルに出来ているものだと思います。

 構造を複雑にすれば、面白いものはいくらでも作れます。
 ですが。
 それは、使う人のことを思った面白さとは限りません。
 それは、作った人の面白さ…というだけのことかもしれないのですから。



(´・ω・`)
(つ■と)
…ふむ。




 …そこで、ふと。

 ローマの水道。
 猫の酒器。

 その2つを見て。
 なんとなく…。
 今のPSO2を思った鈴蘭です。

独り言 その壱千弐百九拾四

 大きいだけの鈴蘭です。




SS-520は宇宙航空研究開発機構(JAXA)傘下の宇宙科学研究所(ISAS)が開発し運用する固体燃料ロケット。基本形の2段式の観測ロケットはJAXA最大の観測ロケットで、派生型の3段式の超小型衛星打上げ機は世界最小クラスのローンチ・ヴィークルとなる。
            【Wikipedia:『SS-520』より】



 先日、JAXAが世界最小の衛星打ち上げ用の固体燃料ロケットの打ち上げに成功したそうです。

 コストダウンのために小型化する…。
 それは、製作コストや運用コストを節約する上で意味のある試みです。
 しかし…素人からすると、ここまで小型化する意味はあるのか…という疑問があります。

 これは、このロケットの運用計画の一部だけを切り取った話ですが…。

 ロケットは、地球の自転を利用して軌道上へ上がるエネルギーを節約するのが一般的です。
 日本の発射場から、1tの重さの衛星を打ち上げるパワーを持つロケットがあるとして。
 同じロケットを赤道上の発射場から打ち上げるなら、2tの衛星を積むことができる…なんて比喩があるくらいです。

 このために、打ち上げ場所が赤道に近いところであればあるほど、打ち上げに有利になるのですが…。
 日本は赤道に近い場所に発射場を持っていません。
 また、仮に発射場を赤道上に作れたとしても、その維持や管理が問題になります。
 あれば便利ではあるでしょうが、今の日本にとって現実的な話ではないのです。

 そこで考えられたのが…。

 輸送機にロケットを積み、赤道上空まで移動。
 そして、輸送機で空気抵抗の少ない高高度まで持ち上げ、飛行中の輸送機からロケットを空中発射して衛星軌道へと投入する。

 …そんな計画です。



(´・ω・`)
(つ■と)
昔のSF小説にもあったのぅ。




 もう古い小説になるんでしょうかね。
 笹本祐一の『星のパイロット』シリーズでは、この方式で民間会社による宇宙開発が活発となった世界のお話が描かれていました。
 かつては随分と楽しませてもらったものですが…。
 しかし…思えば、あのお話…読んだ当時は近未来のお話でしたけど…。
 いま読むとなると、未来のような過去のお話、という感じになってしまいますかね;

 私たちの世界では、お話の中の空中発射母機の運用はまだ少し先の話。
 でも…身の回りのものの技術は、お話の中のものより私たちの世界のほうが進んでいます。

 この手の、近未来を舞台にしたお話ではしょうがないことなんですけどね。
 本が出た当時、スマホの登場と普及なんて予想できなかったことでしょうから;



(´・ω・`)
(つ■と)
話がそれた。




 そうそう…ロケットの話です;
 えっと…今回のロケット。
 メディアでは『世界最小』という部分が強調されていますが、着目すべきはソコばかりではなかったりします。
 …というのも…。
 今回のSS-520は、我々の身の回りにある生活家電に使われているような、民生規格の部品を使って作られており、他のロケットに比べて大幅なコストダウンが図られているそうです。

 前に、宇宙ステーションへの輸送単価が1kg当たり1500万円というお話をしましたが。
 SS-520の場合、1kg当たりの単価が20万円くらいで済むのだとか。

 …まぁ、用途が違うので単純な比較はできませんけどね;
 ただ、ロケットの製造が簡易化されたのは事実であり。
 更に今後、このロケットに関する事業は民間企業を中心とした体制にシフトするそうですし…。

 テレビの中、お話の中だけであった、遠い世界の『宇宙開発』というものが。
 ほんの少し。
 私たちの身近な存在なるのかもしれません。



(´・ω・`)
(つ■と)
宇宙かぁ…。




■今日のニークス

pso20171223_213126_001.jpg
                  (C)SEGA

 宇宙を股にかけるアークスは、空想世界でドラゴン退治に精を出しています。



(´・ω・`)
(つ■と)
スペースファンタジーってなんやったっけ…?




 年始にユニットを更新したおかげで、赤い竜とも、黒い竜とも…なんとか渡り合うことが出来ている鈴蘭です。
 今のユニットでなければ、何度か『あ、これは無理』という場面が何度かあり。
 決して安い買い物ではありませんでしたが…十分に意味のある買い物だったと満足しています。

 …が。

 やはり、元の立ち回りが下手なせいもあり…。
 余計な被弾で体力を削られ、追い込まれてしまうことも度々あったりします。
 そうしたとき、最近ではノンチャージで出すメギバースに頼っている鈴蘭です。

 敵さえいれば、サッと出して攻撃を一発…それで立て直しを図ることが出来ますから。

 ただ、竜退治の場合…。

 竜が硬いウロコで覆われ、殆どダメージが通らないことと。
 暴れまわることがあって、攻撃を安定して当てられないケースがあることから…。
 竜と離れた間合いでは、専らレスタを使っていました。
 普通の周回であれば、その場でノンチャメギバを出して、Hrの気弾なりで適当に回復させるのですけどね;

 しかし…レスタをチャージしながら…



(´・ω・`)
(つ◎と)
でも、これもちょっとなぁ…。




 チャージ中は移動力が落ちます。
 加えて、貴重なPPを結構な量、消費してしまいます。
 回復のためにはやむを得ないこととはいえ…リスクに見合ったものかどうか、使う度に疑問を感じていたのですね。

 だからと言って、回復をせずに思い切って近づいて、ウロコを剥がされた場所でノンチャメギバを使っても…。
 暴れられて回復が思うようにできなければ、私の対処能力を越えてしまうことになってしまいかねません。

 なので。

 最近の竜退治では、ベストでもベターでもないけれども…と、レスタを使っていました。
 


 …まぁ、そんな私を見ている人は見ているもので。



  『レスタはやめたほうが良いのでは?』



 ええ…それで悩んでました、まさに。
 でも、答えが見つからなかったのですよね;

 レスタの使用は、出来るだけ戦闘の合間の準備段階に限り。
 戦闘中はメギバースによって回復する。
 …それを基本とすることは理解しており、出来るだけ実践するように心掛けていたのですが…。



  『ディメイト使えば良いのでは?』



(´・ω・`)
(つ■と)
…。




 …あぁ!

 そうでしたそうでした。
 あまりに基本的な事で、逆にすっかり忘れていました。
 特に、私はHuをする時にオートメイトを切ったツリーを使うのが当たり前になっている為、自身を回復させるメイト系を持つ…という習慣が無いので、その発想がありませんでしたよ…。

 いや、これは盲点というか、灯台下暗しというか、目からウロコというか…;



(´・ω・`)
(つθと)
ホント、頭固いよね、ジブン。




 …いや全く…道具を使うということを分かってませんね;

 でも。

 或いは、そうした私だからこそ?
 アドバイスを下さる方に巡り会えもした訳ですし…。

 それを思うと、世の中…面白いものだな、と。

 

■コメントのお返事
 また後ほど。

独り言 その壱千弐百九拾参

 大きいだけの鈴蘭です。



( ´・ω・)
(つ■と)
…。




〒 〒
(´・ω・`)
(つ■と)
…あ。




(´・ω・`)
(つ■と)
こんばんは。




 いつもであれば、お休みの独り言ですが…。
 最近、職場では人手不足が深刻で、品質維持に必要な最低人数を1割強割りこんだ状態で仕事を回しています。
 シフトに余裕がないため、急遽、今日はヘルプで出勤することになりました。

 一応、人員の募集はかけているそうですが、応募はこないまま。
 『そのうち状況が良くなるよ』
 …そう言い続けて、すでに半年が過ぎました。

 私が勤める部署は、経理系の仕事なので…基本的に『終わり』というものがありません。
 目の前の決算を乗り越えても、すぐに次の決算に向けた仕事が始まります。
 仕方がないと言えば仕方がないことですが…。
 しかし、それを差し引いても、人手不足の為にずっと繁忙期のような忙しさが続く状況に、そろそろ誰も彼もが疲れを感じてきています。

 企画系の仕事であれば、山を越えれば一息つける目処が立っている分、多少は気が楽にもなりそうですがねぇ…;



(´・ω・`)
(つ■と)
…やれやれや。




 自分は、ストレス等には強い方だと思っていますが…。
 流石にちょっと…;
 最近は、仕事が終わった後には、目の奥に強い痛みを感じ…物を見ること、目に光を受けることが億劫に感じることも。
 思えば…パソコンに向き合って、暗記したコードと突き合わせながら、30万桁分の数字の並びを一つも間違えないように打ち続けている訳で。

 秒間で…10桁切るくらいの打鍵速度ですか…。

 って、あれ…もしかして意外と遅い…?



(´・ω・`)
(つ■と)
高橋名人は流石や。




 いやいや…ボタン1つ連打するのとは、また違いますけどね…;
 でも、仕事はどれも楽なんてことはありませんし、比べること自体がナンセンスかもしれませんが。



― ◆ ―




 …物の本で読んだ記憶ですが。
 拷問などによって自白を強要する場合、直接的な痛みに訴えるよりも、痛みを与えられる状況が続くという絶望を相手に与えることが効果的だ…なんて言われてるそうです。
 人は、身体的な苦痛には耐性があっても、心理的な苦痛には脆いのだ…と。

 私の疲れも、それに似たものでしょうか…。



(´・ω・`)
(つ■と)
例えが黒いな。




 ストレスのせいで、考え方が偏ってるかもしれませんね;
 …っと、そういえば…。
 そのストレスで思い出したのですが。



 最近、スプラトゥーンを始めとして…ゲームをした後、コントローラーを持っていた手が随分と冷たくなっているのに気が付きました。
 コントローラーを握っている間は…この季節の水に浸けても、冷たいと感じないほど。

 私は、普段あまり暖房を使わないので、最初は手先が部屋の寒さで冷えただけかとも思っていたのですが…。
 しかし、温風を当てても、湯に浸けても手先は温かくなりません。

 ただ…ゲームを離れれば、手先は室温とは関係なく徐々に温かみを取り戻します。
 ゲームをしているときにだけ、手先が冷たくなるのです。



(´・ω・`)
(つ■と)
…なんじゃろ。




 何かのシグナルだろうかと思い、少し調べてみたところ。
 セラピストの方が、その症状について…

冷たい手の背景には、「うまくいかなかったらどうしよう」「あの人は私のことをどう思っているんだろう」といった周りを気にする気持ちが隠れているのだとか。


 …などと言っているのを見かけました。



(´・ω・`)
(つ■と)
プレッシャーが原因か…?




 まぁ、遊びが下手な私が何を気負っているのか、という話ですが…;
 なまじ下手であるだけに、なおさら周りの目が気になっているのかもしれません。

 特にアズールレーンでは、周囲の目…チャットが煩わしく感じられ。
 その内容に関わらず、チャンネルを変えてログを出さないようにしています。

 ただでさえ人より劣る私が、どうすべきなのか…その一点が大事なゲームであるのならば。
 私以外の『何か』は、考える必要などありませんから。



(´・ω・`)
(つ■と)
…。




 …それは、仮想において鈴蘭がもつ、現実の私の顔。

 ゲームを離れれば、それを望み。
 ゲームにおいては、それを拒む。

 それでは、鈴蘭が鈴蘭であることの価値など無いのではないか。
 私が鈴蘭でいる意味も無いのではないか。

 冷たい手を見て。

 鈴蘭は、思うほどに今を楽しいとは感じていないのかもしれない。

 …そんなことも考えてしまいます。



 …しかし、思えばPSO2ではそうでもないのですよね…。



 同じ仮想でも、アバターが居て『目の前にいる人と向き合う』という…分かりやすい距離感があるからかもしれません。
 きっと…心の狭い私にとっては、仮想の世界は便利に過ぎ…広すぎるのでしょう;



(´・ω・`)
(つ■と)
…やれやれ、これも考えすぎ…か。




 為すべきを為さずして、愚痴ばかり。
 …それら全てを『疲れのせい』と言うのも、少々甘えが過ぎるというものですかね…。

 せめてもの休日。
 為すべきを為せるよう、ゆっくり休むことにしましょう…。

独り言 その壱千弐百九拾弐

 大きいだけの鈴蘭です。

 日本ではあまり馴染みがありませんが…トルコ、イラク、イラン、シリア、アルメニアの国境線に跨るようにして、クルド人の居住地域が存在しています。
 クルド人の人口は約2500万人。
 独自の国家を持たない民族としては、世界最大規模と言われます。

 かつてはオスマン・トルコ帝国の支配を受けていましたが、第一次世界大戦でトルコが敗れたことにより、英仏露の協定に従って居住地域が分割されてしまい。
 以降は、民族が分断された状態が続いています。

 これまでも、自主独立の為に各国政府と衝突を繰り返して来ており。
 クルド人の武装勢力は、周辺国にとっての脅威となっています。

 特に最近…。

 IS勢力の掃討に乗り出したものの、湾岸戦争によって壊滅した軍の立て直しができていないイラクが、自国内のクルド人に戦後の独立を提示して協力を要請。
 念願の独立が叶うとあって、発奮したクルド人の武装勢力の働きにより、イラクに存在したISの拠点は壊滅させることができました。
 …が。



  イラク『独立はやっぱナシね(´・ω・`)フハハ』



 見事なちゃぶ台返し。
 イラクのクルド人支配地域には大きな油田があり…イラクとしても『はいそうですか』と渡せないのは分かりますが…。
 ちょっとヒドイ話です。

 これをキッカケにしたのか、クルド人の独立運動が加熱して周辺国に飛び火。
 特にトルコは、人口2割に当たる1500万人ものクルド人が国内におり…対応を誤れば国が傾くことにもなりかねません。
 シリア問題とも絡んで…誰が何を主張して、誰と協力し、誰と対立しているのか、傍目には分からない状況になっているようです。

 …そんな泥沼なところで。




 【ニュース】3千年前の神殿が破壊される、ここが貴重だった

 歴史的建造物が、トルコ軍の空爆によって破壊される…という事態が起きてしまいました。

アインダラ神殿
 鉄器時代のヒットタイト新王国のアインダラ(Ain Dara)神殿。紀元前1300年から紀元前700年ごろにさかのぼり、現在、クルド人勢力が支配するアフリン(Afrin)地域にある村にちなんで名づけられた。



 3000年前の遺跡ですか…。

 文化財が蔑ろにされてしまった…というのは悲しいですね。
 それが政治的、宗教的に対立する相手のものであっても、等しく『人間の文化』であることに違いはないのですから。
 
 ただ…。

 破壊された事は悲しむべき出来事ですが…破壊された事の是非を問うのもおかしいかな…と、思った鈴蘭です。
 …変だとお思いでしょうか?
 しかし、歴史というものが人間の選択の結果の積み重ねである事を思えば。
 この破壊も、歴史の一部であることに変わりはなく。
 それを無かったことには出来ませんし。
 それを無かったことにしてはいけないでしょう。

 許されざるべきこと。

 その批判は良いと思います。
 …でも。
 その批判で全てを塗りつぶすのは、破壊と同じく『許されざるべきこと』ではないでしょうか。


  そこで立ち止まらず、破壊の先にあるものを見据える必要があるんやないかねぇ…(´・ω・)



 …そういえば、こうした対立の構図…。
 今のクルド人の置かれた状況は、日本も他人事では無かったかもしれない…というのは、ご存知でしょうか?

 第二次世界大戦で敗北した日本は、戦後処理を巡って、当初は戦勝国による分割統治の案もあったのです。



 1951年に開かれた、日本の運命を左右するサンフランシスコ講和会議。
 その席上、日本を分割占領から救ってくれたのが、当時スリランカ代表を務めていたジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏でした。

 ジャヤワルダナ代表は自らはスリランカ代表であったものの、『何故アジアの諸国民は、日本は自由であるべきだと切望するのでしょうか。』と切り出して、以下のように語りました。

 それは我々の日本との永年に亘るかかわり合いの故であり、又アジア諸国民が日本に対して持っていた高い尊敬の故であり、日本がアジア緒国民の中でただ一人強く自由であった時、我々は日本を保護者として又友人として仰いでいた時に、日本に対して抱いていた高い尊敬の為でもあります。

 私は、この前の戦争の最中に起きたことですが、アジアの為の共存共栄のスローガンが今問題となっている諸国民にアピールし、ビルマ、インド、インドネシアの指導者の或人達がそうすることによって自分達が愛している国が開放されるという希望から日本の仲間入りをした、という出来事が思い出されます。

 セイロンに於ける我々は、幸い侵略を受けませんでしたが、空襲により引き起された損害、東南アジア司令部に属する大軍の駐屯による損害、並びに我国が連合国に供出する自然ゴムの唯一の生産国であった時に於ける、我国の主要産物のひとつであるゴムの枯渇的樹液採取によって生じた損害は、損害賠償を要求する資格を我国に与えるものであります。

 しかし、我国はそうしようとは思いません。



 ジャヤワルダナ代表は『日本に対する賠償請求権を放棄する』と続け。
 その理由として、仏陀の『憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るものである(hatred ceases not by hatred, but by love)』という言葉を引き…。

 戦争は戦争として終わりました。
 もう過去のことです。

 我々は仏陀の教えを知る仏教徒です。
 やられたらやり返す、憎しみを憎しみで返すだけでは、 いつまでたっても戦争は終わりません。
 憎しみで返せば、憎しみが日本側に生まれ、新たな憎しみの戦いになって戦争が起きるでしょう。
 戦争は憎しみとして返すのではなく、優しさ、慈愛で返せば平和になり、 戦争が止んで、元の平和になるのです。
 戦争は過去の歴史です。
 もう憎しみは忘れて、慈愛で返していきましょう。



 …そうして演説を終えました。
 元々、米英は分割統治に消極的な立場であったとも言われていますが、ソビエトは分割統治を主張しており、戦後処理がどのように進められるのかは不透明な状況でした。
 しかし、この演説により講和会議に参加した49カ国がジャヤワルダナ代表を支持。
 日本の戦後処理は主権を回復させ、国際社会への復帰を促す方向に向かうことになりました。

 当時の吉田茂首相は、『日本人はこの大恩を後世まで忘れてはならない』と語ったと言われています。

 ちなみに、戦後の日本が世界で最初に国交を結んだ国がスリランカだったりするそうです。
 『国家に真の友人は居ない』と言ったのは、キッシンジャーでしたか。
 ジャヤワルダナ氏を見ると…アナタの言う『真の友人』とはなんぞや…などと思ってしまいます。
 『居ない』と思えば居ないのでしょうし。
 『居る』と思えば居るもの…なのかもしれませんから。



〒 〒
(´・ω・`)
(つ■と)
天は自ら助くる者を助く…ってか。




 …そうですね。
 それは、自分が望まない限り、決して現れることのないもの。
 批判や否定ばかりでは手の届かない理想…でしょう。

 ここで、ふと。

 ネットワークゲームの流行り廃りは、同じものに振り回されているからこそのことではないのか。

 …そんなことを思った鈴蘭です。

独り言 その壱千弐百九拾壱

 大きいだけの鈴蘭です。



 最近、『仮想通貨』という単語を耳にする機会が増えたように思います。

 去年には価値が乱高下して、それにまつわるアレコレが私が見るようなサイトにも現れるようになりました。
 しかし何よりも、アークスなフレさんの中にも『やってみようかな、と思ってるんですが(´・ω・`)』と話している方がおられ。
 それこそが、私に『仮想通貨』の存在を印象付けました。

 『現代のゴールドラッシュ』とも言われる『仮想通貨』の登場。

 …そもそも『仮想通貨』というものが何であるのか。
 これについては、各国が定義付けを行っています。

 未制御だが、特殊なバーチャルコミュニティで受け入れられた電子マネー(欧州中央銀行)

 「本物のお金」の対義語と位置づけ、どの司法組織においても法定通貨としての価値を持たないもの(米国財務省)

 デジタルな価値の表現で、中央銀行や公権力に発行されたもの(不換紙幣を含む)でないものの、一般の人にも電子的な取引に使えるものとして受け入れられたもの(欧州銀行監督局)



 …これらが、欧州、米国における『仮想通貨』の定義。
 で、肝心の日本における『仮想通貨』の定義ですが…。

 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの(日本)

 不特定の者を相手方として相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの(日本)



 現在、日本で我々が普段使っている貨幣は『不換紙幣』と呼ばれます。
 …なんか、前に金本位制に基づいた『兌換紙幣』と混同して、『今もそう(兌換紙幣)だ』みたいな大嘘を書いたような気もしますが…。

  …うん、気を付けよ(´・ω・`)

 私達の使う『不換紙幣』は、国の信用によって価値が保たれています。
 もし価値が変動した場合は、必ず国が対策を講じる。
 何が起きようとも、貨幣がゴミとなることは無い。
 …そんな認識の共有が、貨幣の価値となるのです。

  じゃ、金券は(´・ω・`)?

 金券ショップで扱われる商品券も、発行している組織への信用で成り立っています。

古物営業法上の金券[編集]
概説[編集]
古物営業法では、「金券類」として定義がされている。殆どの金券が「資金決済に関する法律」の規制に基づき運用されている。適用を受けないものについてもこの法律の適用除外を理由とされている。金券の売買は古物商、リサイクルショップの一業種として行われており、金券ショップとも呼ばれる。

自社のみで使う券(自家型)は発行後の届け出制だが、共通ビール券など自社以外の店舗でも使える券(第三者型)は、発行前に登録しなければならない。自家型の場合は未使用残高が700万円を超えると、各財務局への届け出義務が生じる。さらに1000万円を超えると、経営破綻などに備え、残高の半分以上を法務局に供託しなければならない。登録義務があるのに、登録をしないまま発行した場合、罰則として6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金となっている。

発行者の破綻など、何らかの信用不安に陥り通用が不能になった場合、財務局により供託金の分配が行われる(例として、百貨店共通商品券が発行元百貨店の破綻によって利用できなくなるケースなど)。しかし、無届け業者が金券を売ったまま倒産した場合は金券の返金ができない問題がある(例として大阪の食品スーパー「サンエー」が無届けのまま商品券を販売して2010年に倒産したケースなど)。無届け発行者に対する監督権限が財務局にないなどの法の不備が存在する。

法改正による利用停止の増加[編集]
「前払式証票の規制等に関する法律」に代わる「資金決済に関する法律」の施行(2010年4月)により、払い戻しに関する規定が明文化され、利用停止が容易になった。新聞や加盟店での事業終了・払戻期間の公告・掲示で済むようになり、使用中止に伴う払い戻し期間が最低60日に短縮されたため、需要の低下した文具券や音楽ギフトカード、花とみどりのギフト券、ヘルスギフト券など使用停止になる金券(商品券)が増えており、払い戻し期間を過ぎて、知らない間に「紙くず」となる例が増えている。金融庁が使用停止された金券類の一覧を公開しているが(後述の#外部リンク参照)、一般への周知不足が指摘されている[1]。



 ただの紙切れに物と同じだけの価値を持たせているのは、紙幣であれ金券であれ…それを発行した組織に対する『信用』です。
 …法の不備も指摘されていますが、『発行には信用を担保する原資を必要とする』と、日本の法律にあります。
 実際…企業が価値を保証したところで、発行された金券が本当に使い物になるのかどうか…一消費者の立場では、判断しきれないものがあります。
 そこで、国に供託金を預けることで『何かのときには、このお金で補償しますから大丈夫です』と、『信用』を見える形にする訳ですね。

 仮想通貨も最近になって業者の登録制度が導入されたそうですが、未登録の業者も存在し…。
 ハッキングを受けた『NEM』は、登録前の業者だったそうです。

 今後の方策について、金融庁はNEMに聞き取りを行ったそうですが…。
 NEM側の『補償する』という説明に『その説明では納得できない』としているとか。
 どうも…補償の根拠となるべき資金について、明確にできなかった(一部では帳簿の公開を拒否したとも言われる)のが原因のようです。

 現在では、掲示板への書き込みから噂が立ち…顧客は疑心暗鬼の状態で。
 これを見ると…。
 仮想通貨が『通貨』といわれつつも、貨幣のような『信用』を元にしているとは限らない…。
 いえ。
 『信用』を元にしていないからこそ、『通貨』として選ばれているのだな…と。
 そんな風に思ってしまう鈴蘭です。



 信用を元に、安定した価値のあることが求められるのではなく。
 投機の対象として、ハイリスクハイリターンが求められる『仮想通貨』。
 …そこに何某かの『変化』を望む人がいるからこそ。
 起こるべくして起こったトラブルのようにも見えたのです。

 仮想通貨不正入手ウイルス作成容疑で逮捕

 …こうした事件も、ある意味…存在が定まりきらない『仮想通貨』であるからこそ起きた事件ではないでしょうか?



( ´・ω・)
( つ■と)
…。




( ´・ω・)
( つ■と)
…そういえばさ。




(´・ω・`)
( つ■と)
…メセタって、皆にとって『何』なんだろうね?