昨日、『アークス広報隊』の卒業式について触れましたが…。
私がブログを書いてるのは、出勤途上。
文章の校正は仕事の合間に行っていて…。
専ら、自分の書いた文とにらめっこ。
いろいろなサイトの確認は、帰宅してからになります。
以前は、ブログの巡回などもできていたのですが…どうにも時間が…;
…で、今朝のことです。
帰宅して、メンテ開始までの時間にGJを確認しようとした鈴蘭は…。
( つ■と)
GJコメント『広報隊NTあらわる』
〒 〒
(´・ω・)
( つ■と)
…驚きました;
まさか、卒業式から『アークス広報隊』がNT化して、期間を一年延長するとは…;
いえ…頑張ってくれていましたし、広報隊を応援する声も周囲で増えていたので、こうして続けてくれるのは嬉しい事と思うのですが…。
でも、だったら、卒業式って…?
…な、なにか釈然としないものも感じますね…;
腑に落ちない点もありますが、これもサプライズのための伏線だったのでしょうね。
敵を騙すには、まず味方から…でしょうか?
…なので。
卒業おめでとう、お疲れ様から改めまして。
『アークス広報隊NT』の皆さん、これからも宜しくお願い致します(`・ω・´)ゞ
…しかし、ここで改めて疑問が浮かびます。
以前、新生武器が実装された時に、フレさんとのお話の中で出たのですが…。
『NT』って、何の略なんでしょうね…?
フレさんに言われるまでは、なんとなく『New Type』で『NT』なのかなぁ…と思っていた鈴蘭です。
しかし、考えてみれば『新型』では、『新生』とは結びつきそうで結びつきません。
『新生』をそのまま英訳すると…『nascent』。
言葉を置き換えると別の単語も出てきそうですが…敢えて置き換えるのも変に思います。
となると…『NascenT』…?
…んー…。
英語以外の何かの略なんでしょうか…?
外国語が苦手な私には、謎ですね;
■考えすぎ?
少し、思うところを独り言。
善爲士者不武。
良い武人というのは猛々しくない。
善戰者不怒。
戦いが上手い者は怒りを見せない。
善勝敵者不與。
勝利するのが上手い者は敵とは争わない。
善用人者爲之下。
人を使うのが上手い者は相手にへりくだっている。
現代訳:『ちょんまげ英語日誌』様
これは、老子の中の一節です。
戦いにおいて、感情の昂ぶりを戒める言葉…と言えばいいでしょうか。
遠く、古代の戦いにおける言葉ではありますが。
現代に生きる私たちにも、活かすことの出来る言葉であろうと思います。
感情の起伏が豊かであることは、決してマイナスではありません。
起伏の豊かさは、そのまま人の個性であり。
個性的であることは、人を惹きつける魅力となります。
しかし、感情の『昂ぶり』は、起伏のそれとはまた異なります。
緩やかな曲線を描く様を起伏とするならば。
見上げるばかりの断崖が『昂ぶり』となるでしょうか。
そんな自身の感情の急激な変化を、そのまま表に出しては、物事の大事を見失ってしまうかもしれません。
何故と言って。
全ては相手が居てこその事である以上は。
相手との相互の理解が必要です。
自身が急激に変化してしまっては。
理解を求めるべき相手が、その変化についてこられるものか分かりません。
そんな相手に、更に苛立ちを覚え…それでは悪循環です。
自身が『昂ぶり』を覚えるほどに。
その『昂ぶり』に拠らず、周りに居る人を強く意識せねばならない…と思う鈴蘭です。
『巧詐は拙誠にしかず』と説いたのは韓非子でした。
人間関係は誠意が大事なのであって、ごまかしは通じない。
能弁の人が、よどみなく熱弁をふるうよりも、自分の言葉で訥々と語った方が、聴衆の心を打ち、印象も強く、人を惹きつけるものだ…と。
彼の生きた時代、弁舌の才を武器に各国を渡り歩く論客は、一種の花形でした。
話術がどれだけ重要なものであるのか。
それを知り抜いた人が最終的にたどり着いた答えの一つが、実は技術を極めることではなく…ごくごく当たり前に人が持つ、この『拙誠』…だったのでしょう。
技術として拙くとも、大事とすべき誠意。
それは、相手に伝えようとする姿勢を守ること。
…守ろうと努力すること。
『昂ぶり』の生む言葉に誠意はなく。
誠意のない言葉に人は『昂ぶる』。
それを知るからこそ。
…そういうものではないでしょうか?
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