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独り言 その壱千六百九拾九

 大きいだけの鈴蘭です。

 明日の22日は祝日。
 皇居において『即位礼正殿の儀』が行われます。


 一生に何度もお目にかかれるものではありませんし、せめてテレビ中継でも見られたら…と思います。

 …しかし。

 私達は家でお菓子でも摘みながらテレビを観ていれば済む話なので、大した問題ではありませんが。
 実際に行事に参加される方たちは大変ですよね…。
 台風が近づいて来ている今、天気は荒れ模様。
 そんな中で、正装で出掛けなければならないという…。
 苦労が偲ばれます。

 一方、皇族の伝統的な装束についても見直され、高齢の皇族方などには負担が大きいとして、両陛下と秋篠宮ご夫妻を除いては、えんび服やロングドレスも着用できるようになりました。



 …そういえば、こうした宮中行事におけるドレスコードって、いつ、誰が定めたんでしょうか?
 海外の方が、天皇陛下が燕尾服を着ているのを見て『皇族のフォーマルって、着物じゃないの?』と疑問を口にしているのを見かけます。
 和装から洋装への一大転換に関しては、かつて明治天皇が脱亜入欧を掲げる政府方針を汲み、率先して改めた(民衆の間で断髪令に対する反発が根強いと聞き、桂小五郎の勧めもあって自ら範を示す形で髷を落とした、開明的な人だったそうです)のでしょうけど…。
 そうした大改革はともかく。
 こう、形を重視する行事において『今日はこうしましょう』って、簡単に変えられるものなんでしょうかね?
 たとえ気遣いからのものであっても、『儀式』というものの持つイメージからすると、そうした柔軟性は不思議に感じます。

 ただ、まぁ…私の個人的な意見ですが。
 イベントの時くらい、柔軟に『らしく』あっても良いと思うのですよ。
 『伝統だから』という思考にこだわらず。

 堅いばかりでもなく。
 かといって、柔らかいばかりでもなく。
 柔らかいばかりでもなく。
 かといって、堅いばかりでもない。

 西へと吹く風ばかりが良いものでもないでしょうし。
 東へと吹く風ばかりが良いものでもないでしょう。
 変わることが良いこともあれば。
 変えないことが良いこともある。
 古いことは悪いことばかりではなく。
 新しいことは良いことばかりでもない。

 今の伝統だって、最初から伝統であったわけではないのです。
 誰かが始めて、長い時代の中で試行錯誤を重ねて今に伝わっていることを思えば…。
 今の変化を忌避する理由にはならないと思うのですよ。
 守り、伝えるべき大事さえ見誤らなければ。 



 …これは、ちょっと前の記事ですが。


 …うん。
 一周回ってカッコいいじゃないですか。

 時代に逆行している、なんてとんでもない。
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独り言 その壱千六百九拾八

 大きいだけの鈴蘭です。

 関東圏に大きな被害を齎した19号の記憶も新しいというのに…。
 日本の南の海上に20号が発生。
 現在、日本を目指して北上しつつあります。


 しかし、どうやら台風としての力は然程ではなく、近いうちに温帯低気圧となって秋雨前線と一体化する見込みとのこと。

 …良かった…というべきなのか、どうなのか。

 2、3日で通り過ぎる台風と違い、前線は同じ場所に停滞して雨を降らせ続けます。
 前線が活発に活動すれば、復旧作業にも影響が出るでしょう。
 水を含んだ地盤への影響で言えば、長雨のほうが厄介かもしれません。

 復旧作業に当たる方達にとっては頭の痛いことでしょうね…。 


 …いや、本当に…;



■今日のニークス

 …なるほど。

 地球防衛軍に復帰して数日。
 なかなか成果の上がらない鈴蘭ですが…。
 アークス、ハンター、レジェンド。
 何れのゲームにおいても、似たようなもので。
 私は私に過ぎた望みを持って、それを成さんと無理をしているところがあります。

 『せっかくのゲームだから。』

 それは、私がよく口にする言葉ですが。
 私に限って言えば、それが逆に祟っているようにも思えます。
 今更ながらに、そのことに思い至り。
 EDF隊員、鈴蘭は…。
 これまでの何処か派手さを求めていた戦い方の根本を改め、味方の撃ち漏らした敵、裏に回り込んだ敵を処理し、時間がかかっても確実に敵の数を減らす戦い方をすることに。
 アサルトライフルメインとなる戦い方で、これでは大軍を相手にするには火力不足ですが…。
 私が私の役割に徹していれば、フレさんがやりやすくなるハズで。
 火力の不足はフレさんが補ってくれることでしょう。

 人と遊ぶとしながら、こうした考えが薄い私でしたからね…;



 今回は、前回より少し内容が良くなった…のかなぁ?

独り言 その壱千六百九拾七

 大きいだけの鈴蘭です。

 私の勤める会社では、定期的に直属の上司と一対一で面談する場が設けられます。
 コミュニケーションの補完と、職場における問題点の確認…ということなのですが…。
 普段これといった不都合を感じていない私としては、取り立てて話すこともなく。
 毎回、会社の定めた設問に淡々と答える場になっています。
 ただ…先日の面談でのことです。

 上司『Q4.職場での対人関係に問題は?』

 鈴蘭『んー…特に思い当たることは…。』

 上司『そうやなぁ、君、上手くやってるもんなぁ…』

 …上手くやってる…?
 私には何を、どう、上手くやっているのか分かリませんでした。
 強いて言えば、誰とも等しく距離を置く…人と関わらないこと…でしょうか。
 まさか、それが評価点になり得るとは…。

 …ふむ。

 心理学用語に『愛着障害』と呼ばれるものがあります。
 まだ研究の途上にあり、研究者の間で明確な意見の一致が見られていない、新しい障害なのだとか。
 大まかには、乳幼児期に養育者との関係構築…乳幼児の空腹、不快感などの生理的欲求を繰り返し解消してくれる存在を他者と認識することから、自己と他者の確立、信頼の形成が始まる…が上手くいかなかった人間が、成長後に対人関係において困難を抱えるようになる、というもので。
 その困難の中に『脱抑制性対人交流障害』と、『反応性愛着障害』と呼ばれるものがあるそうです。
 『脱抑制性対人交流障害』は、初対面の人間に対して状況や文化的背景に関係なく、過度に馴れ馴れしく接する人に見られ。
 一方の『反応性愛着障害』は、周囲から示される好意であったり、自身が感じる苦痛であったりに対して適切な反応ができず、人との関わりが薄い人に見られる…のだとか。

 …ふむむ。

 私が精神科医にかかったら、『反応性愛着障害』を疑われそうですね…;
 乳幼児期の養育者云々に関し、私には心当たりがありますし…。
 ただ、どうなのでしょうね。
 私が人と距離を置く理由…ですか。
 素人が医学に関わることを語るなど、愚かしいことですが…。



 私が、私なりに思うところを。



 前にも触れたことがありましたが。
 付き合いの浅い人からすると、私は適切な距離を置く付き合いやすい人、であり。
 それなりに長い付き合いの人からすると、私はいつまでも距離が縮まらない素っ気ない人、といったところであろうと思います。
 …自覚はあるのですよ。
 これが良いのか悪いのか…私自身、よく分かっていませんが。

 何かの折、『子供の頃に自分が貰ったもので、大人になって自分から与えたいと思うもの』が愛や情というものだ…という話を目にし、それに納得した覚えがあります。
 納得と言っても、人のそれとは違うかもしれません。
 なにしろ私は『子供の頃に自分が貰ったもの』に心当たりがなく。
 物心ついてから、経験ではなく知識としてソレを得ました。
 ソレが大事なものであるということは理解しています。
 しかし、どう大事なものであるのか…私にその実感はないのです。

 だから…なのか。

 私は人から示される厚意に対して、何かしらの対価を支払わねばならないと考えます。
 人が大事にしているであろうものを貰うばかりではいけない、自分の何かで相手に返さなければ、と。
 しかし、厚意に対して何を、どう返したものか分かりません。
 自分の中にあるものが、相手にとって価値があるものなのでしょうか?
 そんな考えから、相手との遣り取りに不安を覚え…そこで、距離を置くのです。
 これ以上は私に返せるものがないから…と。

 この辺り、最近になって人から指摘されて意識するようになったのですけどね。
 『返す』という私の発想自体が誤りなのだ、と。

 ではどうするか。
 どうするべきか。
 その答えは未だ分かりません。



 或いは…ただ楽しむだけでもいいのでしょうか…。



独り言 その壱千六百九拾六

 大きいだけの鈴蘭です。


 …被害は思ったより深刻ですね…。

 先日の台風では、大阪は雨が少し降ったくらい。
 台風が接近したからと言って、特に何があった訳ではありませんでした。
 進路が南東に逸れたこともあって、雨風が紀伊山地に遮られたのかもしれません。
 それもあって、大阪の人間からしてみると『この程度なら関東も大したことにはならないかも』と思っていたフシがあります。
 それだけに…この被害の大きさに驚かされます。

 特に浸水被害の大きさですね。
 試験運用中のダムまで稼働させても防ぎきれなかったとは…。

 …ああ、いえ。

 こうした自然災害において、事前の対策で被害をゼロにできると考えるのはよくないのかもしれません。
 減災という言葉が示すように、災害による被害をどれだけ小さくするか…多くはそうした対策なのですしね。

 今は、ラグビーのワールドカップの真っ最中。
 大会の規定により日程の調整ができず、一部では混乱も見られるようですが…概ね順調とのこと。
 何よりです。
 こんなことを言うと『イベントどころではない』とする人もいますが。
 それはそれ、と思うのですよ。
 社会全体から見れば、災害への対応と同じくらい、変わらない日常を守ることも大切なのですから。

 それにしても…ここ最近、台風での大きな被害が続いています。
 こうなってくると、開催が来年に迫った東京オリンピックが少し不安です。
 心配したところで鬼が笑うだけのことかもしれませんが…。
 何もないといいですね…本当に。



■今日のニークス

 台風一過で急激な冷え込み。



 風邪ひきました…_(:3」∠)_




 ハロウィンイベントが始まったらしいので、行ってみたかったのですけど…。
 仕事に備えて、おとなしくしておきますか;

 …あ、ちなみにですが。

 Apex LegendsのCPU暴走バグですが、自分にできる範囲の対策をしました。
 クライアントから起動オプションをコマンドライン形式で設定できるのですが、そこでスレッド数の値を設定(「-threads 6」など)したことで暴走は回避できた…と思います。
 Apex Legendsは基本的に全てのスレッドを使用してゲームプログラムを走らせるため、ゲームプログラムが不具合を起こすとPC全体の処理が滞る危険があります。
 これに対してゲームが使用するスレッド数を予め制限することで、OSが走るスレッドを確保して安定化させよう、ということですね。
 ただ、安定化の代償にパフォーマンスが低下するので、痛し痒しではあります。

 Twitterで知った対策なのですが、どうも個体差があるようで、設定を変えても効果がないという人もチラホラ。
 公式も認識しているバグなので、早期の対応を願うばかりです;

独り言 その壱千六百九拾五

 大きいだけの鈴蘭です。

 災害…かぁ。

 日本は世界有数の地震多発地域、かつ、台風の発生する地域にあります。
 日本に住む人にとって、これらの自然災害は身近なもの…と言っていいでしょう。
 今日の日本が防災技術を発展させてきたのは、これらの自然災害から人命と財産を守らんがため。
 平時には『そこまで必要?』と思えることでも、『もしも』への備えは必要でしょう。

 こうしたとき、人の手による過度の開発を戒め、自然との調和を訴える人もいますが。
 個人的には…。
 人も自然の一部であることを思えば、人の手による環境変化もまた自然の内であろうと思います。
 確かに、人による環境破壊が問題かもしれません。
 しかし、では何処まで対策をすれば問題は問題でなくなるのでしょう?
 対策を突き詰めれば、究極的には人など存在し得る場所など無くなってしまいます。
 果たして、それが自然なことなのでしょうか?

 全てを人の手で、というのは傲慢でしょう。
 しかし、その傲慢も人であればこそ。
 人が築き上げて来た文明を否定するなら話は別ですが。
 全ての人が答えを探している最中なのです。
 何が正しい、何が間違いということは無いと思います。

 私は、それが何であれ…人としてやれることをやるべきだと思いますよ。



■今日のニークス

 鈴蘭は地球に帰って来ました。

 …と言っても、幻創種の居る地球ではありません。
 あちらはアークスの活躍によって平和が取り戻されましたからね。

 鈴蘭が降り立った地球は…。

私は地球に帰ってきた(´・ω・`)
©2017 SANDLOT ©2017 D3 PUBLISHER


 エイリアンに蹂躙され、滅亡の危機に瀕している地球です。



 『地球防衛軍5(以下EDF5)』。
 以前、PS4を買った際に『PS4でしか出来ないゲームで、オススメと言えばコレ』と勧められて買ったゲームです。
 最近になって、このEDF5がSteamでも配信され。
 フレさんがSteamで始めるということで、鈴蘭も予備役から原隊に復帰した次第。

 …といっても、新兵と何ら変わらないのですけどね;

 しかし、なんだかんだでキーボードとマウスでFPSを遊んだ経験が活きているのか。
 狙いをつける、撃つ、という動作に苦は感じません。
 銃ごとに特徴的な弾道を描くので、戸惑うことはありますが…。
 かつてほど不便を感じることは無くなりました。

 ただ、戦い方はまだまだです。

 基本的に、圧倒的な物量と火力で迫り来る相手に、どのように戦うかを工夫するゲーム。
 大事なのは各個撃破を企図した『釣り』と教わったものの…。
 マルチでは、誰が何を意図しているのかを把握しきれず、自分が何をすればいいのか迷うばかり。
 一人でやっているときのようにいきません。
 目の前の敵を倒す? それとも逃す? それとも…?
 何をどうするかのハッキリしている初手…あるいは、隘路などで方向が限定されているときは良いのですけどね。
 これといった制約がないと、場の流れに乗っているうちに乗っていたと思っていた流れを見失って、途方に暮れてしまうことが多いのです。
 ほかのゲームでも同じですね。

 ゲームに慣れれば、自ずと消える迷いなのでしょうが。
 まだまだ、私には早いようです。
 もっと遊ばないとですね…;